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第三章・魔王vs魔道
01 建国
魔王メビオスを倒してから2週間ほどが過ぎた。
比較的まったりとした日常を過ごしながらも魔界には何度か顔を出し、増えている眷属魔人たちの様子を見に行ったり適度に体を動かしたりと、概ね平和な日々を過ごしていた。
そんな日常と並行して、俺と真理は結婚をすることだけは決まっているのだが、時期などについてはまだ何も決まっていない。というより決められないでいる。
その前に隣国の責任者を集め、初めての世界会議が開催される予定になっているからだ。
その会議で正式に魔王メビオスが倒され、エステマが女王となり、そしてジャパン魔国の建国を認めてもらい、俺自身も王として宣言するという流れで考えているようで、各国へはエステマが毎日動き回っているようだ。
それを支えるようにエラシスの領主、あのドロウンズの弟であるレイモンズも忙しそうに動いている。
エステマの方もレイモンズに対して口では「手伝ってくれるのはありがたいがお礼は何もできないんだぞ」「なんだよお前、物好きだな!」などと言ってはいるが、満更では無いように見える。
もしかしたら俺たちより早く結婚してしまうかもしれない。
会議に参加するのは今のところ王国側からは女王となったエステマと茉莉亜、その補佐にレイモンズ。さらには宰相となったセイドリ・アルセイドスにそれを補佐する文官が何人か参加するようだ。
魔国からは俺と真理、そしてリザも補佐をしてくれるようだ。とは言ってもリザについては給仕全般を取り仕切るというお役目のようで会議には口を挟まないとのことらしい。
そして西側にある大陸のスライス帝国からは帝王と宰相がくると通信具で連絡があり、南の小さな島国、デウルズ神国からは神王とその娘が来るという書簡が届いているらしい。
世界会議もいよいよ来週に迫っており準備もまさに大忙しのようで、エステマが若干イライラしながらも檄を飛ばしていた。
丁度手伝いにでもと顔を出した時にも、警備の方もどうしようか悩んでいたようだが「そもそもこの面々に害をなすものはいないと思うぞ?」という俺の一言で王宮騎士のみで大丈夫であろうと決まってしまった。
さらに「いざとなれば魔人でも待機させようか?」と伝えたら「それはまだやめてくれ」と言われてしまった。国内では魔人の方も受け入れられているが、他国の来賓にいきなり魔人を侍らせての出迎えは不味いと言う。
それを言うなら俺は魔王なんだけどな?
そんなこんなで世界会議まで後3日。
この世界会議で他国にも魔国を認めてもらい俺は真理と結婚。やっと落ち着いた異世界ライフが……幸せな日々が始まることを思い浮かべてやる気に満ちた日々を過ごしていた。
◆◇◆◇◆
アッという間に世界会議当日。
新設された城の横にある大講堂にはたくさんの王国民が集まり、女王エステマや聖女茉莉亜、噂の魔王な俺やもう一人の聖女真理、さらには他の大陸からの面々を一目見ようと集まっていた。
来賓を出迎える立場のエステマと一緒に、俺は大講堂の前で少し緊張しながら待ちわびていた。
まずは南の小さな島国、デウルズ神国からはセイリウ・デウルズ神王殿下とその娘、スサク・デウルズ姫殿下が黒塗りの豪華な馬車に揺られやってきた。
かなり緊張している様子の二人が馬車から降りると、10名ほどの従者に囲まれながらエステマと俺の方へと歩いてきて軽く名乗りを終えた後、エステマと俺の順でガッチリと握手をしてゆく。
俺との握手は二人ともガチガチと震えそうな手を、必死で抑えるようにしていたのが印象に残っている。
俺との握手を終え、ホッとした表情の二人がリザ率いるメイド軍団に案内され大講堂の中へと入って行く。それを見て俺もホッと胸を撫でおろしていた。
「なんだか緊張するもんだな」
「魔王ともあろう者が緊張なんでするんだな」
「うっせーわ」
エステマとこんなやり取りをしながら大講堂の中をチラ見すると、真理が口元に手をあて茉莉亜と笑い合っているのが見えた。早く真理の隣に移動してくつろぎたい気持ちでいっぱいだった。
少し遅れて西側にある大陸のスライス帝国からは飛行艇で近くの停泊所へと降りてゆくのが見えた。
遠目に見てもエステマが所有している王国での最新鋭の飛行艇より倍以上も大きなもので、さすが魔道兵器大国と言われるだけある。他にも軍事に使えるものがたくさんありそうで少し警戒してしまう。
少しして、スライス帝国の代表である帝王ギルダーク・ベルライトと宰相ドルジアーノ・エンリル、それに予定にはなかったが、王妃にあたる帝王妃エドワース・スライスが、数十人の護衛に囲まれながらゆっくりと歩いてきた。
『魔眼』ですぐに名前が特定できるのは便利すぎる。
「なあ、帝王のギルダーク・ベルライトもしかして……」
「ああ。帝王は今は無きベルライト正教国の王族の生き残りだよ。まあほとんどの王族は魔王メビオスに殺され、一応王族ってぐらいの血筋らしいがな」
話には聞いていたがやはり気が重い。好きで乗っ取るわけではないのだが……今から統治を任せるわけにはいかないだろうか?
「なんならあの帝王に魔界を任せてもいいんじゃねーか?」
「駄目だな。今はスライス帝国の長だ。それに神官も大多数失った奴等にあの大陸の統治は無理すぎる。後は帝王妃が許さないだろ」
帝王妃?なぜ帝王妃が出てくるのかわからない俺は首をひねってエステマの説明を待った。
「帝王妃エドワース・スライス。旧スライス諸国の姫君だよ」
「その話は聞いてないな。元々帝国はスライス諸国という名だったのか?」
「そうだ。20年ほど前かな?魔王メビオスに蹂躙された際、辺境の地で細々とやっていたギルダークが、命からがら逃げのびたのがスライス諸国だ。それが今や帝王だ。
以前から多少の交流があった面倒見の良い当時のスライス諸国の王、つまりエドワースの父親にうまく取り入っては寝首を掻いて殺し、乗っ取ったのがアイツだ……」
酷い話だ。国を追われたから他国を乗っとるとか……信じられない話に少しイラっとしてしまう。
「ギルダークは国を乗っ取りスライス帝国と名を変え、そして自らも帝王を名乗った。そして姫は身の安全と引き換えに妻となった……今更祖国にも手を出すとなったら、数十年は魔国復興に掛かりっきりとなるだろう。
そうなっちまえばまだ残っているエドワース姫の支持者たちにすぐにクーデターを起こされ、母体を無くしたギルダークは破滅するだろう……」
「自動自得だが、怖い話だな」
そんなクソみたいな話を聞きながらも、俺はゆっくりと近づいてくる帝国様御一行を待つ。
そしてようやくたどり着き、帝王らが横並びとなり帝国流の挨拶かは知らないが、開いた左手のひらに右手の拳を合わせて軽くお辞儀をする三人。どうやら握手は不要のようだ。
「お招き頂きありがとうございます。スライス帝国、帝王を務めるギルダーク・ベルライトです。どうぞよろしく」
「ああ。こちらこそ、新米だが国王エステマ・クーベルツだ」
エステマが帝王流に合わせ同じように手を合わせ頭を下げる。
ちなみにクーベルツはエステマの家名だ。一応は男爵家の令嬢だからな。
今や実家であるクーベルツ家はエルテマの国王就任により男爵から王国唯一の公爵家となった。エステマ本人は面倒が増えると嘆いていたが、実家の方は大喜びでお祭り騒ぎしているらしい。
ギルダークは結局ただそれだけで顔を背け話は終わってしまった為、リザたちにより大講堂へと案内された。
護衛の兵士たちは数人残して少し離れた場にて整列して直立不動となっているので、近くに待機スペースがあるのだと伝え移動してもらった。集まった王国民に対する威圧感が強かったから仕方ない処置だと思う。
出迎えは終わりエステマと俺は集まっている王国民に手を振り、歓喜の声と共に大講堂へと入っていった。
大講堂の中央に設置された円卓にはすでに各自が座り準備は整っているようだ。俺もエステマの横に座り、その横には真理がすでに座っている。事前のリハーサル通り全ての準備が整った。
やや暫くして、いよいよ会議が始まりを告げるファンファーレが音楽隊により奏でられ、エステマが立ち上がる。音楽が止まった後、ゆっくりと口を開いた。
「本日はお集まり頂いた皆さまに、感謝を。私は国王を名乗ってはいるがつい最近まで礼儀知らずな元勇者だ。儀礼なんぞは知らないのでゆるしてほしい。では本題だ……」
少しだけ間を開け、息を大きく吸い込んだエステマ。
「まずは残念ながら前国王は……魔王メビオスにより体を乗っ取られ、この国は国王だけでなく、宰相に王宮騎士長まで失った。そして若輩ながら私が国王を名乗ることになった。不本意ながらな……」
本当に不本意なのだろうが、そのタイミングでため息をつくのはどうだろうか。
「だが、その魔王メビオスは私だけでなく、隣にいる新たな魔王、真司殿と聖女マリア様、真理様により完全に倒し、消滅した……真司殿は魔王ではあるが人間だ!分かり合える存在だ!パートナーとして聖女真理様もついている」
エステマの魔王という言葉に一部の者たちが少しだけざわついているのを感じる。
「私は、ロズベルト王国の国王として宣言する!」
エステマが胸に手をあてさらに声をはる。
「我が王国は、北の魔界、旧ベルライト正教国の大陸をジャパン魔国として承認、同盟国とすることを宣言する!また、ジャパン魔国の王として魔王古川真司殿を盟友として共に生きて行くことを誓う!」
俺はその宣言に合わせ、隣に座る真理と共に立ち上がり、頭を下げた。
すぐ近くに座っている茉莉亜、レイモンズが拍手をはじめ、続いてデウルズ神国の二人も拍手で受け入れてくれたようだ。
俺はホッと胸を撫でおろした。
これで安心して平穏な毎日を生きて行ける。そう思いながら拍手をしている西のスライス帝国の帝王ギルダークに目を向ける。ギルダークは笑顔で手を叩き……そしてゆっくりと立ち上がりその口を開いた。
「すばらしい!魔王が国を治め、そして人の国と友好を深める……」
笑顔を見せて拍手を続けるギルダーク。
「なんとも、ばかばかしい!」
ひときわ大きな声でそう言い放ち、目の前の円卓をドンと大きな音をたてひと叩きしたギルダーク。
場の空気は最悪である。
王国側の王宮騎士やデウルズ神国の護衛の面々が、ザワザワと落ち着かない様子で近場の者と小声で話をしているようだ。
そして隣の真理の目が怖い……これは本気でキレてる時の顔だ。
「どういう、ことかな?」
エステマがこめかみをひくつかせ、今にも飛び掛かりそうな表情で帝王を睨みながら確認の言葉をぶつける。
その視線にギルダークはたじろぐことも無く、エステマをジッと見つめていた。
俺は緊張で頬に汗が流れるのを感じ、居心地の悪さにぐっと歯を食いしばるしかなかった。
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