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03 販路
帝国により失敗に終わった会議を終え、魔国に戻った俺たち。
本格的な改革として手始めに魔国内の各魔窟周りを中心に修行スペースを設けた。そして一定の隔離地域として魔石で高度を高めた防壁を作って取り囲んだ。それには魔人の中でも職人気質の魔人たちを多く参加させている。
日々生まれ出る魔人たちを眷属魔人たちが効率よく眷属にしており、戦闘職以外にも鍛冶や錬金、建築などの関連スキルを持つ魔人も、多くはないが生まれ出てくるようになっていた。
それらを中心に防壁の周りに街を作っていく予定である。
もちろん植物の育成や土壌改善などの稀有なスキル持ちには、積極的に耕作地を与え食料問題を改善させようと試みる方向で改革を進めている。
さらに魔都の中心地にある魔窟からはかなり屈強の魔人たちが生まれ出ており、防衛部隊としては即戦力な魔人が連日生まれているので、さらなる魔窟の成長のため日々魔窟近くで修行を行うよう命じている。
日々生まれてくるのは魔人だけではなく、特に竜種などには運搬の任を与えようと是が非でも確保しようと思っているのだが、中々数を揃えるのは難しいのだとニガルズ達から伝え聞いていた。
中規模程度の魔窟で最深部の歪みに魔力を注ぎに行く際には、稀に湧く竜種については絶対に狩らずに魔窟外に出るように誘導していくように命じている。
だがそもそも中規模程度ではワイバーン程度しか湧かないので、やはりあの東の魔窟か魔都の魔窟かで竜種が生まれ出るのを待つしかないようだ。気の長い話だが今後少しづつで良いから増やすよう、辛抱強くやるしかない。
そして俺自身、本当は修行で少しでも強くなっておきたいのだが、今後の方針を決めて行く大事な時期のため、中々自由な時間が取れてはいない。
全てを指示するわけでは無く、一応全体をニガルズが取り仕切っている。そして各職人を取りまとめる者も決められているようで、鍛冶がオルセン、錬金がフロイトス、建築はリンドライドという魔人が担当している。
建築関係の取りまとめのリンドライドが中心となり、オルセンやフロイトスと相談しながら魔都中心地から少し離れた位置に工房を建てて行く。最初からかなり大きなエリアを利用するようだが、その事について俺はあまり口を挟まないようにしていた。
素人が口だしすると碌なことには成らないからな。
人材不足の農業関連については王国からも応援を頼み、先の農業関連スキル持ちの魔人たちと協力して農耕をしていくことで話はまとまっている。
土壌改良スキルを持つフードンという魔人から、魔素の濃い土地でも使用済み魔石を一定範囲に埋め込むことで、普通の作物が育つのだと聞いた時にはガッツポーズしてしまった。
もちろん稲を大規模に育てることを決め、体力自慢の魔人も定期的に派遣することも決めていた。
毎日が忙しく目が回りそうな日々が続く。
魔国に戻って1週間程、少しづつ発展してゆく各地を見ながら、このまま何事もなく暮らしてゆくことができれば……と思わずにはいられなかった。
相変わらず帝国の方は何も動きがないとのことだが、何時どうなるか分からないから準備だけは万全にしておきたい。常に不安や危機感のような思いが頭から抜けないので困ってしまう。
エステマの方も未だに落ち着くことはできないようだった。
王国の一部の貴族たちが「やはり魔王と手を組むのは如何なものか?」とエステマに書簡で抗議をしているようで、それに一部の国民たちも同調する声をあげているという。
エステマからは毎日愚痴のような定期連絡が来ていたが、どうやら近いうちに反対派の貴族たちと話し合いの場が持たれるようだった。俺は少しだけ援護射撃をしようと真理やリザと話し合いを始めた。
◆◇◆◇◆
「今回は急な願いに応えてくれてありがとうございます!」
「いえいえ魔王殿、こちらこそ、お招きいただきありがとうございます!」
複雑な刺繍が施された派手な衣服に包まれた少しふくよかな男が、両手をすり合わせながら俺に笑顔を向けて頭を下げていた。
サラディオ・ナブール準男爵。王国では一番と言ってよいだろう大きな商会、ナブール商会の主である。今回の商会の中では特に力が大きく、率先して俺との会話を楽しんでくれているようだ。
その声に合わせて、周りの各商会の主たちも歓喜の声をあげていた。
ナブール商会は王都に拠点を構えた紹介で、魔国としての建国には賛成の立場だとエステマから聞いていた。今回はギルド経由でそれ以外の各地の商会にも連絡をして、魔都へと招待していたのだ。
特に反対派の治める領地を拠点にしている商会には「ぜひに!」と強くお願いをして招待をしていた。
大急ぎで魔人たちを動員し、眷属の中では一番大きい赤竜に付けるゴンドラを作成して俺と真理を乗せ、各地を訪問して回っていた。
行く先々で赤竜にびびる国民たちであったが、ゴンドラに書かれた『ジャパン観光』という目立つ文字に少しだけ安心してくれたようで、それほど混乱はなく、招待をしていたすべての商会の主たちが来てくれていた。
飛行艇で迎えに行っても良かったのだが、赤竜の方が圧倒的に早いうえ、何より魔物をちゃんと従えることができているという宣伝にもなって良いかなと思ってのことだ。
エステマにこの話をしたら「お前、悪いこと考えたな。さすが魔王」と言っていたが何のことやら……
そしてこちらも急ピッチで見た目だけはと整備しまくった豪華な工房で、魔人たちが作成する伝説級と言っても過言ではない武具を見せたり、魔窟から集まってくる魔石の山を見せたりと宣伝に時間を使っていた。
「武具も魔石もすばらしいですな!」
サラディオも目を輝かせて喜んでくれたようだ。
「そう言ってくれるとありがたいです。私たちは技術力も素材も余るほどありますので、こういった物を安価に提供することが可能です」
俺の言葉に周りの商会主からも感嘆の声が上がる。
「皆様には、ぜひ食料の提供をお願いしたい。我が国は農耕地を広めている途中ではありますが、まだまだ足りないというのが現状ですので……」
「それはぜひにもお願いしたいですな。ですが……」
ここまでは皆の反応も良いようだが、サラディオはここで少し心配そうな表情を見せた。
「農耕地を広げているとおっしゃっておりましたが、数年後には食料の自給率は上がるのではないでしょうか?そうなれば我々は一方的に買い入れをするに留まります。確かに武具は素晴らしいのですが……」
その言葉はもっともだ。リザからもその点についても指摘されており想定内の返答であった。
俺も最初は武具を買ってそれを売って利益を出すだけだからそれで良いのでは?と思っていたが、リザが「商人とは他国に一方的に金貨が集まるのは良しとしないのですよ。物々交換で利益を上げるのが望ましいのです」と聞いていた。
俺にはまったく意味が分からないと思っていたが、どうやらリザの認識は正しかったようだ。
「その点ならご心配なく。我が国で生産できるのはたかが知れています。あくまでも飢饉を出さない為の備蓄程度しかできないでしょう。それに、今後は冒険者たちも受け入れ、魔窟周りの街を発展させる予定です」
「魔窟周りに冒険者を、ですか?」
サラディオはもちろん、他の商会主たちも食いつきが良いようだ。
「かなり上級者向けにはなりますが、魔人達にもサポートをさせたりしながら各地にギルドを作って素材の買取などをしようと思っています。とは言ってもほとんどが魔石ですけどね」
サラディオがのどをごくりと鳴らしている。かなり真剣に何かを考えているようだ。
「た、たしかに……人が集まればそれだけ消費も拡大する、ましてや今はほとんど人族の居ない新興国……魔王殿、この魔国にはいくつの魔窟が存在するか聞いても?」
「今現在で解放できそうな魔窟はA級以上の冒険者が入るような魔窟が1箇所。S級ならこの近くに1箇所となりますが、近日中にB級程度の冒険者が潜れる程度のものを3箇所程、準備できるでしょう」
俺の返答にひときわ大きな声が上がる。
ギルド周りに店舗を構え、冒険者たち相手に商売をするのは商会にとって美味しい話と言えるだろう。これだけでもプレゼンは大成功と言ったところだが、もう一押しするネタを用意してある。
「後、今回は赤竜に乗って迎えに伺いましたが、他に複数の竜についても急ピッチで観光便として利用できるように準備を進めています。いずれは王国の各地を結ぶ観光便……もしくは輸送便ともなるでしょう」
「本当ですか!」
想定以上に食いつきが凄い。
「はい。本当です。今現在、5体の竜を眷属としています。今後も増えるでしょう。後は各領主様の許可を頂くだけですよ」
「領主様の?」
「はい。領主さまの……その辺はエステマ女王を通じて、明後日ですが我が国と友好的な関係を結ぶかどうかを含め、領主様と話し合いをする予定の様です」
サラディオはもちろん他の商会主たちも無言となって何かを考えている。
「魔王殿!私はぜひ魔国と友好的な関係を結びたいと考えています!」
サラディオは最初から乗り気だったが、かなり興奮している様子で俺の手を強く握ってブンブンと上下に振っていた。少し暑苦しいので美女とチェンジしてほしい。
「魔王殿、申し訳けありませんが、急ぎ我が商会の拠点に戻らねばならないようです!絶対に友好的な関係を築けるよう尽力させて戴きますゆえ、ぜひとも早急な赤竜での送迎をお願いできますでしょうか!」
「私も、私もぜひ早急に……絶対に協力させていただきますから!」
さすが商会を預かる主だと思った。おそらく拠点としている領主がどのようなスタンスなのかを知っているのだろう。急ぎ戻りたいと懇願してきた二人は反対派の貴族領を拠点にしている商会主であった。
「そうですね。時は金なりと言いますし、皆様にはこちらを……」
俺の言葉に合わせて、待機していたリザ達メイド部隊によりお土産の袋を手渡し、そのまま行きと同じように赤竜による送迎をするため、メイドの一人と一緒に元の場所まで案内する。
赤竜の元までたどり着くと「この娘の言うことを良く聞いて、安全第一でしっかりと運ぶんだよ」と赤竜にお願いをして見送った。
そのゴンドラには案内役として、先ほどのメイドも一緒に乗り込んで、商会主達と一緒に飛び立った。そのメイドはあらかじめ帰路のルートも指示されており、赤竜とも顔合わせ済みであった。
俺が一緒に乗り込んで送っても良いのだが、俺がいない方が商会主たちの話し合いも円滑にいくだろうということもあり、メイドに任せていた。もちろんそのメイドには影鼠を仕込んでいるので会話内容は確認できる状況である。
お土産には魔力をパンパンに詰め込んだ良質の魔石を袋いっぱいに詰め込んであるので、きっと満足してくれるだろう。後はエステマが上手い事やってくれるのを待つだけだ。
こうして、エステマに対する援護射撃、いや結局は自分のためのプレゼンは終わった。
きっと何とかなるさ。
そう思い今後の事も考えねばと頭を動かしてゆく。
まずは小さな魔窟の成長と近隣設備の整備、安全で快適なゴンドラの作成。
俺は商会主に提示した約束通りのサービス提供ができるよう、魔人たちに作業を急がせるよう指示を送った。
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