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「あの。秘密があるんだ。貴方に聞いて欲しいんだ。でも、誰にも、特にそこにいる貴方の子供には言わないで欲しい」  突然、聞こえてきた声に僕は辺りを見回した。  僕は妻と息子の3人で苺狩りに来ていた。ビニールハウスの中は当然、苺でいっぱいで甘酸っぱい爽やかな香りに包まれていた。 「あの。目の前だよ」とまたも声が響いた。妻や息子には聞こえていないみたいだ。はて?目の前?  当然、目の前には苺しかない。真っ赤に染まった美味しそうな苺。 「誰かな?」と僕は囁くように言った。 「目の前だよ。貴方には見えてるよ」  僕は少し考える。頭に浮かんだ答えを打ち消す為、敢えて聞いてみた。「苺、さん?」  すると「そうだよ。苺だよ」と声が返ってきた。思わず、僕は天を仰いだ。ビニールハウスの中でも太陽は眩しかった。 「苺さん。秘密って何だろう?」 「あの。その前に手と口が止まってるよ」 「食べて良いのかな?」 「もちろん。食べられるのって嬉しいんだ。美味しいなんて言われたら最高だよ」 「話の途中じゃないのかな?」と僕は首をかしげた。 「大丈夫。貴方に声を掛けているのは目の前の苺でもあるし、全部の苺でもあるんだ」  いまいちピンと来なかったけど、僕は目の前の苺を口に入れた。 「どうかな?」とやはり声は聞こえてきた。 「凄く美味しい。瑞々しいけど、水っぽく無い。濃い苺の味がする」 「良かった。嬉しいよ」と苺は言った。「あ、貴方の足元に熟した苺があるから、食べてもらえないかな?誰にも見つけて貰えずに傷んでしまうのはとても辛いんだ」  僕はしゃがんで苺を探した。「これかな?」と言い、苺を頬張った。「凄く甘いよ」  ふと、苺の気配が強張った気がした。
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