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流されちゃダメだ。伊沢くんに流されて身体を許した私自身が気持ち悪くて、嫌で嫌で。自分を上書きしようと必死だったじゃない。新しい自分になろうとしていたんじゃない。
ここは、きっぱり断らないと。ちゃんと時間通りに、私はロミオに行くんだ。19時に入ると告げた以上、私が19時より遅くなったら店長と今日シフト入ってる誰かを困らせる事になる。
そうはさせない。流される女は、もうおしまい。
「ここで良くないです?バイトの時間近づいてるんで。入り口避ければ邪魔になりませんよね?」
ロミオのバイトでようやく出来上がってきた、渾身の営業スマイルで対抗してみる。ここで北山先輩に隙を見せたら流される展開が始まってしまう。
「でも桃歌ちゃんずっと立ってると疲れるだろ?」
「あと30分ぐらいでホールに入るのに、疲れるとかありませんから」
「30分…?まだ時間あるだろ」
「私、15分ぐらい早く着かないと落ち着かないんです。すぐバイトモードにはなれないんで」
嘘だ。いつもは10分前に着いている。
「何バイトモードって。桃歌ちゃん、真面目だな」
バイトモードという言葉がウケたのか。隣に立つ北山先輩は目を細めるとコーヒーを口に含んだ。
「じゃあもうちょっとしたら行かないとな。店の前でいい?」
「黒川駅の方がいいです」
「店の前の方が楽だろ?」
「駅前に自転車置いてるんで、それ乗ってロミオまで行きたいんですよ。帰り困っちゃうんで」
「そういうことか」
ふと北山先輩はスマホを手にした。LINEの画面を開いていた。彼女さんか、サークルの誰かが連絡したのだろう。
「さ、行くか。桃歌ちゃん、今度は公園ぶらぶらしような」
「そうですね。そのときは彼女さんも一緒に」
「……知ってたんか」
一瞬でいつもの微笑みに戻ったけど。先輩の顔が引き攣っていたのは見逃さなかった。
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