『陥る』

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『陥る』

 学校が終わって家に帰るとなぜか父の靴が玄関に揃えて置かれていた。こんな時間に父の靴がある事は珍しく、何かあったのかと不安に思いながら「ただいま」と声をかけて中に入った。  僕、柊隼人(ひいらぎ はやと)は来月高校を卒業する。色素の薄い髪と二重の瞳。色も白く、双子の妹撫子(なでしこ)とは瓜2つで女の子の双子だと間違えられるのは日常茶飯事。その撫子は3年前に留学して家族3人で生活している。 「隼人。ちょっと来なさい」 リビングを通り抜けようとしたところをソファーに座った父に呼び止められた。 「なに?」  カバンを手に持ったまま振り返ると「座って」とキッチンから母が出てきて向かいのソファーに座らせられて母も横に座った。  スーツを着たままの父の顔は青ざめ、目の下にはくまができていた。いつもの威厳は無く、暗い雰囲気を漂わせていた。  それを見るだけで何か悪いことが起こったんだと推測できた。 「会社が倒産する」 「え?」  小さく呟いた父の言葉に聞き返した。父の会社はIT関連の大手企業ではあったがこのところの不景気で株価も下がり、苦しい経営状況に追い込まれているのは事実だった。しかし、倒産とは無縁だと思っていた。 「共同経営していた八代が他社と提携を結んで我が社を見捨てた。開発中のソフトも……」  八代というのは父と共に会社を立ち上げ、これまで一緒に頑張ってきた親友のはずだった。この家もにも何度か来たことがあって、僕も顔見知りではある。父と同じ歳。ただ……ギャンブルが好きだった。 「で、でもまだ倒産したわけじゃないんだろう?」  顔を手で覆いながら父は首を横に振る。 「このままでは倒産だ。今月末には納品するはずだった開発中のソフトも手元には無い。何もかも持っていかれた」 「倒産……倒産したらどうなるの?」 「……損害賠償や社員への給料……会社を売りに出して……どれほどのものが残るかも分からない……千佳は実家に帰す。お前も母さんと行け」 「そんな……学校は?……俺、来月には卒業して大学に……」  入学金はすでに納めている。大学の授業料も前期分を一緒に納めたはずだ。だから、半年は何とかなるかもしれないが、大学はこの近くだけど、母さんの実家は地方だ。とても通える距離ではない。それに1人暮らしなんて今の状況ではできない事は明白だ。 「お前には悪いと思っている。すまない隼人」  父は机に額が付くほど頭を下げた。 「父さん」  横を向くと母さんはエプロンで涙を拭いていた。
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