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 音和(おとなぎ)いろはは自らをやさしいと自認している。病床に伏せって久しい曾祖母がまだ元気だったころ、よくそう言って頭を撫でてくれていた。  だからいまもそのやさしさを発揮する好機なのだ。わかっているがそれを見つけてとまった足は動いてはくれない。  五月のある日、いつものように、ついぞ級友の誰とも会話を交わさぬまま終えた中学の帰り道、最寄りの駅から自宅までの徒歩十数分、我が家までは目と鼻の先という位置でそれはうずくまっていた。  電柱の陰で投げ捨てられていた空き缶を枕にするようにしてたぬきめいたフォルムの動物のようなそれは、たぬきにはなさそうな長細いしっぽでアスファルトにS字を描いている。  背中では蝙蝠じみた翼が一対、小さく折りたたまれている。そもそも体躯に不釣り合いな小ささだったので広げたところで飛べはしないだろうと思う。  左の側頭部には山羊のような捻れた角があって異物感を醸している。右側のそれは根もとから折れ、灰色にざらついた断面を晒している。  背後の存在に気づいたのか動物が身じろぎした。  いろはは弾かれたように頭側に回るとしゃがみこんだ。見たところ怪我をしているようすはないが触れて大丈夫かと逡巡する間もなく――  ――漫符なら紫色の渦巻きを思わせる腹鳴がした。 「腹、へった……」  動物が口を利いたのはきっと気のせいだと思いつつ空腹なら自分でもなんとかできるかもと、いろはは部屋に連れて帰ったのだった。
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