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曾祖母が亡くなったのは六月も半ばに差し掛かったころだった。
葬式はしめやかに執り行われ、つつがなく進行しやがて曾祖母は骨になってしまった。
すべてが終わり、涙は枯れてしまって明瞭になった視界の真ん中に便箋を据える。
曾祖母からの最後の手紙は、いろはのやさしさについてから始まり、強くやさしくなってくれるともっとうれしい、と締められていた。
「やさしいのと甘やかすのは違うんだって」
「やっと、読んだのか」
「うん。……?」
かすかな違和感を覚える間もあらばこそ、ヴォンは言う。
「まったく、そんな美味そうなもんを書きやがるから我慢するのに苦労した」
「え?」
「先代の契約者があんたのひいばあさんだ」
「うそ」
「本当だ。だからわざわざあんたを頼ってきたんだ。この折れた角は先々代の契約者にやられてな、もう人を頼る気力をなくして飢え死にしそうなオレを救ったのが八千代だった」
教えていないはずの曾祖母の名だ。
「どんな人に見えた?」
「やさしすぎて苦労ばかりしている人。強くやさしくなれ、だとかあったか? それは本人が苦労したからだろう。強くなってあいつらにやり返すか?」
いろはは首を振る。
「やり返すだけが強さじゃないと思う」
「ふむ」
「嫌だった出来事に目を向ける弱さをなくすよ、もう、わたし、良いことしか書かないから」
「そっちのが健全だな、気が向いたらそいつをノートに仕込んどいてやるよ。クラスの空気が良くなりゃ玉峯ってやつもくだらねえ考えを起こさなくなるかもしれねえ」
まず、自分が変わらなきゃいけないのかといろはは気づいた。
わたしは魅力的らしい、と書いて恥ずかしくなって消しゴムを手にした。
消さなかった。ヴォンにとってこの言葉はまだ味気ないのだろう。いつか、この言葉を美味しいと言わせられるくらい、自分を好きになれたらよかった。
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