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 読み飽きた少女漫画誌の表紙を一瞥した動物は瞑目してたぬきにそぐわぬ五本の指が備わった前足だか手だかでそれを撫でる。  途端にもぐもぐと咀嚼を始めた。  食事を始めたのだ。だが漫画誌に変化は――いや、ある。  大きく印刷された誌名が消えて背景の色で塗りつぶされている。それだけではない、表紙にある文字という文字が消えている。  咀嚼はやまない。いろははその奇妙な光景に釘づけになっていた。やがて目を開いた動物は息をついてベッドに仰向けになる。 「助かった、人心地ついたよ」  いろはは食べ終えたらしい漫画誌を開く。擬音も台詞もアオリもすべて、文字という文字が消えていた。 「貴方、なんなの……?」 「そういう生きものだとしか言えないな。オレは文字を食べるんだ。飢餓状態にはこういう印刷物がちょうどよかった、礼を言う」  人でいう流動食のようなものだろうか。  いまだ当惑するいろはをおいて話を進める。 「オレのことは好きに呼んでくれ、長い付き合いになりそうだからな、なあ、主人(マスター)よ」  自分はなにかとんでもないことをしてしまったのではないか。 「契約解除もできなくはないが、されたら今度こそ行き倒れるだろうな。――仲良くしよう、呼び名をつけてくれないか」  先んじてそんなことを言われる。つぶらな瞳に見つめられながら、諦め半分に名前を考えた。  ポンにしよう、と言いかけて、角のいかめしさに思いとどまる。 「ヴォンにする」  人がするように、ようやくヴォンは笑ってみせた。  愛玩動物の愛くるしさを併せ持った不思議な笑みだった。
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