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つぎの金曜日だ。ヴォンを拾って十日ほど経過して、すっかり部屋に馴染んでもはやどちらが主だかわからないありさまだった。
「行ってくる」
「おう、車には気をつけな」
ヴォンは日に日に態度に横柄さが増し、口調も砕けている。これが本来の姿なのだろう。
今日は一日、快晴の予報だった。
ヴォンが午睡に耽っていると――ずぶ濡れのいろはが帰ってきた。
スクールバッグを壁際に放ると着替えもせずに濡れ鼠のまま机に向かう。齧りつくようにノートにペンを走らせる。走り書きであっても綺麗な字で悪口雑言を書き連ねる。
これは表に出してはいけなかった。誰にも相談してはいけなかった。
いま、自分を育ててくれている母の手を、これ以上、煩わせるわけにはいかなかったから。
自分が我慢さえすれば、いずれ飽きて収まるだろうと思っていた。こんなことをするのか。
用を足しに入った個室で、上から水をぶち撒けられる。
捨て台詞はなく、ただ耳障りな嘲りじみた笑い声を残して数人ていどの足音は去った。
個室を出たその足で教室に取って返し無言のまま軽いスクールバッグだけを持っていろはは帰路についた。
「食べてよ」
ノートを突きつけられたヴォンは寝ぼけ眼を擦る。
「ん、帰ったのか」
「食べてってば!」
時計を一瞥する。
「三時のおやつにはまだ早いが、これは……」
差し出されたままだったそれを手のひらでなぞる。眠気がふっとんだように目を開き、興奮にまかせる。
「美味い! これだ! この味だ! やっぱりこうでなくちゃあな!」
ヴォンは歓喜した。いろはは文字が消えたページを眺めて、ひと息ついた。
途端に学校をサボったことに思い至って、戻らないと母に連絡されるかもとひとまずジャージに着替えようと椅子を立つ。
「仕込んだ甲斐があったってもんだ!」
いまだ歓喜に沸いたままのヴォンがそんなことを口走った。聞き捨てならなかった。
「ヴォン?」
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