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「オレへの義務感みたいなもんが雑味になったのか、最近、味が落ちていたし……」 「どういうこと? あいつらをそそのかしたの? どうやって?」  とっさに言い訳めいた事を言って、いろはに睨めつけられたヴォンは束の間、言いよどんだが観念して口を開く。 「食事と排泄は切っても切り離せるもんじゃない。オレの排泄するものは目に見えないし触れもしない、食べた文字に宿る念、そのものだ」 「それがなに?」 「想いの強弱が味になるが、その質は排泄したものに残っている。今回で言えば憎悪の念だな、あんたが元々持っていたものだから、自分では気づけないだろうが周りは違う。そこに存在すれば周囲に嫌な雰囲気を漂わせるのさ」 「……!」 「学級委員ならあんたのノートに触れるタイミングもあるだろう。排泄した憎悪の念を授業用のノートにまとわせておいた。険悪な空気になれば、その矛先はあんたに向く。そしていじめが苛烈になればあんたの文字に悪感情であれ想いが強くのる。オレがそれを食べる。出したものをまた仕込む、これで美食のサイクルの完成ってわけだ」 「この、人でなし」 「そんなもん見たらわかんだろ。だいたい人間(あんたら)だって、あえて食材に手を加えたりするじゃねえか。こうすると甘くなる、と奔放に成長する枝葉を間引いたり、果ては無理やり餌を食わせて肥大化させたアヒルだかガチョウの肝臓を珍味と持て囃したり――知ってんだぜ」 「貴方、それでわたしがへそを曲げて食事を出さなくなったらどうするつもりなの?」 「そんときゃそんときだ。人間(あんたら)も香辛料で殺し合ったりしてんだろ。オレだって美味いもんのためなら命を張ってやる」  ヴォンは口の端を曲げてニヒリスティックに笑んだ。  対して、呆れて言葉もなかった。 「ま、ちょっと露悪的だったか。少なくとも枝葉を間引くのは果樹にとっても良い点はあるしな。フォアグラだって弱肉強食ってだけだ」  アヒルだって強ければ人間を食らっていたかもしれない。たまたまこの世界では人間のほうが強かっただけ。  やられっぱなしなのは自分が弱いからなのか。 「風邪、引くぞ」  言われるまでもなかった。
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