笑い事じゃすまされない

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 金山(かなやま)は、正面に立つ伊達と言う男に、依頼内容の全容を話した。  神主から紹介されてすぐ、金山は紹介先に電話をかけた。事の一部始終を伝えると、他の予約がある中で、特別に時間を取ってくれた。  神社の神主が信頼を寄せる人物とは、いったい何者なんだろうと、金山は緊張しながらも藁にも縋りたい思いを抱いて、待ち合わせ場所のファミリーレストランで待っていた。  やってきたのは、金髪の短髪と日に焼けた濃い褐色の肌が特徴的な男だった。三十代後半から四十代前半くらいに思えるその男は、黒のジャケットに白色のTシャツを着ており、ブランドの大きなロゴが目立つ黒色のクラッチバッグと、大きな金色の腕時計を身につけていた。たちの悪そうなその風貌は、胡散臭いセールスマンや、マルチ商法をもちかける詐欺師を連想させた。  しかし、会って早々に、「あんた、とんでもないもの引き寄せたな」と、暗く低い声で言われ、金山の全身に緊張が走った。彼の風貌とは対照的に入店直後から全くと言っていいほど彼の表情に明かりががなかった。その彼の表情が、金山の悪い想像を、何倍にも膨れ上がらせていた。 「これはもう、俺がどうこう出来るもんじゃねえ。これほどの私怨、感じたことがねえ」  水の注がれたコップを握る伊達の手は、小刻みに震えていた。 「でも、山田さん、あの神社の神主さんが、伊達さんなら何とかしてくれるって」 「話を聞いた時は、いつも通り何とかいけると思ったよ、だけどこりゃあ無理だ。少なくとも五人、いや、下手すりゃ十人くらいの優秀な祓い屋がいる」 「祓い屋?」 「俗に言う霊媒師だよ。テレビに出るようなやつの大半はモグリだが、俺みたいな本物で優秀な祓い屋は、滅多にいねえんだ。それを10人も集めるのは、正直かなり厳しい」 「じゃあ、俺は、その、この呪いみたいなものを外すことはできないんですか? 友人みたいに死を待つだけってこと?」  金山が言うと、伊達は俯き黙り込んだ。  数十秒の沈黙の後、伊達は重い唇を開いた。 「とりあえず、その兄ちゃんが撮ったって言う動画を見してくれねぇか? 望み薄だが、俺もせっかくきたんだから力になってやりたい気持ちはある。もしかしたら、この状況を少しでも良くするヒントがあるかもしれねえ」  金山はスマートフォンを取り出し、SNSのアプリを立ち上げると、アップしている例の動画の再生ボタンを押した。伊達は、眉間に皺を寄せ、終始険しい表情で動画を見た。  数十秒の動画が終わると、再び沈黙が流れる。 腕を組み、また黙り込んだ伊達に、金山は、恐る恐る、「やっぱり、このホームレスの男性が、この呪いの原因でしょうか」と訊ねた。 「この動画の中からは、やばい霊気は感じねえな」 「え、つまり、このホームレスの男が原因じゃないということですか」 「いや、そうじゃねえ、明らかにあんたには、かなりやばい霊気がまとわりついてる。それに、その動画を再生しようとした時に、霊気が増えたのも感じた。だが、その動画の中にあんたを襲ってる霊気の源は感じなかったってことだ」  金山は、小首を傾げた。伊達の言うことは理解できるが、中身が矛盾していると感じたからだ。 「あんた、今何した」  突然、伊達が言ってきた。 「え? 今ってたった今ですか」 「ああ、たった今だ。霊気が少し弱まった」  金山は、手元を見た。たった今したこと、「さっきの動画投稿したアプリを閉じた、くらいですかね」 「さっきのアプリもう一回立ち上げろ。それでまたあの動画の投稿画面を出してくれ」  言われるがまま、画面を表示すると、伊達にスマートフォンを渡した。 「ああ、やっぱり霊気が増えた。俺はこういうSNSってやつを使わねえからあんまよく分からないんだが、あんたのこの投稿に、コメントとか返信とかできるよな」 「はい。コメント機能がオンになっているんで、誰でもコメントできるようになってます。それが炎上にも繋がったと思います」 「このコメント見ていってもいいか?」 「え?あ、はい」  伊達は、無言で何百ものコメントをスクロールしていったが、しばらくして伊達の指が止まった。 「これだ」  伊達に示された画面を、金山は覗き込んだ。『あああ』という名前のアカウント、アカウント画像は、どこかの山の風景写真だった。 『おりぱくさま、おりぱくさま、おりぱくさま。 うぇんぺうしか、うぇんぺうしか、うぇんぺうしか。』  炎上した時から、止まらない通知が嫌になり、通知をオフにしていたため、それ依頼コメントを見ることも無くなっていた。だから、こんな気味の悪いコメントが送られていたことも今まで知らなかった。 「このコメントからとんでもねえ負の霊気を感じる」  ふと、伊達がきょろきょろと周りを見渡し始めた。 「周りの霊気、消えろ、が動き出した。こっちに近づいてきやがった。ほら、消えろ、あそこ、消えろ、あんたも、消えろ、見えるだろ?」  聞こえてなかった、「消えろ」という声が、再び聞こえ始めた。伊達の指さす方向を見やる。そこは、ファミリーレストランの出口横の大きな窓ガラスだ。外は真っ暗で見えにくいが、窓ガラスの向こうには、先日自宅のアパートから見えた中年の男、若い女性、男の子、年寄りの男性の四人が、両腕をこちらに向けて立っているのがはっきりと見えた。彼らは満面の笑みを浮かべていたが、口元がぱくぱくと動いていることに気がついた。何と言っているのか、金山はすぐに分かった。 「応急処置だがやるしかねえな」  舌打ちをし、伊達は金山のスマートフォンの上に右手をかざした。目をつむり、何かを小声で唱える。  水の注がれていた伊達のグラスが割れた。  周りの客の視線が一気にこちらに集まる。女性店員が急いでかけ寄り声をかけてきたが、「離れてろ!」と鬼気迫る声で一喝し、さらに周りからの注目を集めた。  駆け寄ってきた店員が悲鳴を漏らす。金山のスマートフォンにかざしていた右手に、小さな水膨れのようなものがどんどんと増えていき、ぱちんとはじけては、そこから血液が流れ出していった。苦悶の表情を浮かべる伊達はこちらに視線をよこさずにしゃべりだした。 「多分だが、霊気の元はこのコメントを書いたやつだ。怒りの気が凄まじい、理由は分からないが相当な使い手が、この動画を見てお前たちに相当な私怨を向けている」 「使い手?」 「俺みたいな霊気を使えるやつだ。俺は祓うことしかしないが、中には、霊気を使って人を呪うやつもいる。今回は、言葉に、つまり、このコメントに霊気をためてお前たちを呪おうとしたんだよ。だからこういうSNSは嫌いなんだ、投稿することで誰にでも見られる状態になる。そしたら今回みたいにやばい奴の目にも留まるってことだろ。やばいやつに一方的に攻撃されるんだよ。常識じゃ考えられないことを平気でやるようなやからに。そしたらもうこっちは防戦一方で、打つ手はねえんだ。軽率な行動を一回でも投稿しちまったら、もう、笑い事じゃすまされないだろ」 「……つまり、俺たちの動画に嫌悪感を覚えたやつが、俺たちを消すために、呪いをかけてきたってことですか」  伊達は、低く鈍い悲鳴を上げた。見ると、伊達の顔は真っ赤に膨らんでいる。  金山は戦慄した。伊達の背後に、あの四人の男女が立っていた。彼らは、あの笑顔を崩さずに、伊達の首を両手で締め上げていた。 「に、逃げろ」  苦し紛れに、伊達はそう言うと、白目を向け、机に顔面を思いきり叩きつけた。瞬間、周囲から悲鳴が上がる。  四人の男女は、伊達の背後に立ったままだった。笑顔をこちらに向け、「消えろ」と言いながら、両腕をこちらに伸ばしながらゆっくりと近づいてくる。  立ち上がろうと、震える両脚を無理やり動かそうとしたせいで、態勢を崩し、その場に崩れ落ちる。見上げると、四人の男女は金山を囲み、見下ろしていた。  消えろという言葉が消え、彼らの口が閉じる。垂れ下がっていた彼らの目じりが段々と吊り上がっていく。彼らの笑顔は完全に消え、憎悪に満ちた表情で金山を睨みつけた。 「消えろ!」  彼らの轟音のごとき叫び声で、金山の意識は途絶えた。  意識が戻った時、金山は病院の病床にいた。  金山は、ふと右手に違和感を覚え、布団から右手を出す。右手の甲に一つの小さな豆のような発疹ができていた。
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