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ある死刑囚(1)
1
廊下から靴音が響く。渇いたいつもの靴音であるが、何故か今日は少し違う音だ。
その靴音は私の独房に近づいてくる。
私の部屋の扉が静かに開いた。
「松本秀。今日の午後、刑の執行を行う。
身の周りの物を片付けておきなさい。」
と、静かな声で刑務官に言われる。
その声は悪魔の響きにも似た人間の温かさを
感じる事が出来ない音であった。
覚悟はしてはいたが、いざ刑が執行されるとなると、私の心の動揺は言葉には出来ない。
私は冤罪で裁かれる。
何度も無罪を訴え再審請求をしても、却下された。
そして今日、刑の執行が決定された。
「私は国家に殺される。」
私を裁いた裁判官。
本当に無能で、真実を都合よく捻じ曲げる男
この男こそ、犯罪者である。
私を担当した弁護士も、私の言うことなど
信じてもらえなかった。
金にもならない弁護などしたくは無かったのであろう。
「真実は神のみぞ知る。」
だが、私は神など信じてはいない。
今日、殺されたならば、悪霊となって
あの、裁判官を襲う。悪徳弁護士呪う。
それと、あの無能な刑事だ
絶対に許す事の出来ない男。
あいつを呪い殺す。
これだけを希望にして生きていた。
そして今日この夢が叶う。
私は恐る事もなく刑場に向かった。
最後に宗教の話をされたが、死んで行く者に
宗教など要らない。
…馬鹿にしているのか!……と、思ったが
怒るのはやめておこう。
そして、私は絞首刑の部屋に入る。
目隠しをされるが、私はそれを拒んだ
死んでからでも、世間を見たい。
ロープが首に掛けらた。
ヒンヤリとして冷たいロープだ。
そして・・・
床が抜けた、私の身体は奈落の底に堕ちていく。
ガクと、首の骨の外れる音がした。
…苦しい、苦しい…言葉にならない言葉を
発しながら意識が遠のく。
どれくらいの時間が過ぎたのだろうか?
自分の吊るされた姿が見える。
首は長く伸び身体はぐったりとして動いてはいない私の姿。
私は此処に居るのに、身体は吊るされたまま。
私は死んだのか?
今感じているのは、私の霊魂か!
私は喜びを感じた。
これで復讐が出来る。
無実の私を犯人に仕立てあげ
殺した奴らに復讐が出来る
暗闇の中に、私の隣に誰かいる!
見た事も無い誰かが、黙って私を見ている。
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