4.お見舞い

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4.お見舞い

 久しぶりに胃が痛んでいた。  涼が言ったあの言葉が気になって、真夜中だというのに稜威は眠れず目が冴え渡ってしまう。  稜威だって勿論のこと、涼とは同じ大学にも行きたいし、涼には遠く離れた他県になど行って欲しくなんかないのが本音だ。  けれど、自分への同情心からのそんな話を受け入れるわけにもいかないし、勿論、涼の将来の可能性を潰したくなどなかった。  涼は本当に稜威のことを、常に気にかけてくれている。それについては旧友たちも同じだったが、やっぱり時が来ればそれぞれが自分の人生へと進んでいった。涼だって、それは同じだ。  でも、涼とこれほどに離れ難く感じてしまうのは、何故なのだろうか。  相手の事情など知った事ではないとでも言うかのような、こんな自己中心的で我儘でしかないこの独占欲はいったい何だと言うのか。そんな聞き分けの悪い自分など、稜威ですら知らなかった。  考えれば考えるほどに、稜威は胸に熱を感じていく。涼を思えば、鼓動さえ耳から離れなくなっていた。  結局、その翌日。  稜威は体調を崩して、学校を欠席していた。  いちばん後ろの席が空いていようと、教室内ではとりわけ話題にあがることはない。  けれど、その前の席に座る涼はひとり、稜威のことが一日中気がかりで仕方がなかった。  昨日は涼も帰宅してから、色々と考え込んでしまっていた。  稜威が言ったあの言葉が『どういう』ことなのか。  彼のことを“女じゃない”と言いつつも、稜威のことは女性以上に思えてしまっている。それがどういう意味なのか。  稜威には何度か連絡をとってみたが、既読すらつかなかった。学校帰りには、先生から教えて貰った稜威の住所を頼りに、彼の自宅を訪れてみた。 「あら…?」  玄関で出迎えたのは、どこか稜威に似て目元のキレイな女性だった。稜威の母親だろう。 「こんにちは、突然すみません。あの俺、イツの同級生で…」  そこまで説明した途端、稜威の母親はパッと表情を明るくさせた。 「まぁ?! お見舞いかしら? どうぞ上がって〜!」 「…っへ?」  まるで連行されるようにして、そのまま稜威の部屋の前まで母親に連れられて行く。 (え…、ちょっと…! 俺、家に入っちゃっていいの?)  涼のほうが急にこんな部屋まで押しかける形になってしまって、稜威に対してどう顔を合わせれば良いのかと不安さえ抱いてしまう。昨日の別れ方も彼の様子が気がかりだっただけに、どうにも顔を合わせ辛い状況だといえた。 「稜威〜? お友達がみえたわよぉ」  稜威の母親は扉の前で立ち止まって中へと声をかけると、稜威より低い位置から涼を仰ぎ見る。 「今、飲みもの持ってくるわね」 と、そのまま階段を降りて行ってしまった。 (うわ、どうしよう…)  母親の呼び掛けに対しても、部屋の中からは何の返事も聴こえてはこなかった。 (もしかして。拒否、られて…る?)  稜威の母が“友達”としか伝えてなかったことを思い出して、涼は一度深呼吸をしてからノックをしてみた。 「…イツ? …俺だけど」  けれど扉からは、やっぱり返事が返ってはこなかった。  戸惑って部屋の前で立ち尽くしていると、先ほどの母親がお茶をのせたお盆を手にして戻ってきた。  まだ扉の前に立ち尽くしている涼を見て、 「あら、ごめんなさいね。稜威ったら寝てるのかしら…」 と、ドアノブに手を掛けた。  昨夜は眠れなかったみたいだからと言いながら、母親は勝手にドアを開ける。 「あっ! 待って下さい…!」   もしかしたら稜威は、涼とは顔を合わせづらいのかもしれない。  そんな風に感じた涼は、咄嗟に稜威の母親を止めようとする。が、扉はあっけなくも開かれてしまった。  そこには、ベッドの上ですっかり寝入った稜威の姿があった。無防備なほどストンと眠っているその姿に、涼は心から安堵してしまう。 「あらやだ、熟睡じゃない…」  お茶をのせたお盆を部屋の小さなテーブルの上へと乗せると、母親は稜威を起こそうと息子の肩へと手をかけた。 「稜威?」 「あ…っ、起こさなくても大丈夫です!」  涼が思わずそう言うと、稜威の母親は驚いたようにしてその手を止めて振り返った。 「俺、少しの間ここに居てもいいですか? 起きなければ、すぐ帰りますので」  あまりに寝入ってる様子に、涼はついそんなことを言ってしまっていた。体調を崩して寝てる息子を起こしたくないのは母親も同じだろう。 「えぇ、大丈夫よ。時間は気にしないで居てちょうだいね」  母親は稜威に似た笑顔を残して、稜威の部屋を出て行ってしまった。  残された涼は鞄をそっと床へと置くと、ベッドサイドに膝をついて稜威の寝顔をそっと覗き込んだ。  相変わらずこじんまりと整ったその顔は、とてもキレイだった。寝息も規則正しくて、額にそっと手のひらをあててみれば熱がないことも確認できた。涼はまたホッと胸を撫で下ろす。  昨夜はあまり眠れなかったらしいから、しっかりと眠ればいいと涼は願った。  寝顔をずっと眺めていたかったが、それもここの家族に不審に思われそうで、涼は一応とばかりに参考書を鞄から取り出しておいた。  しかしながら勉強する気なんて起きないほどに、稜威の寝顔は見ていて飽きないものだった。 「う…ん…」  寝ていても視線は感じるものなのだろうか。  稜威は少し唸ると、寝返りを打って壁側を向いてしまう。涼は残念に思って、その頭をそっと撫でつけていた。  途端に、びくりと肩が揺れて稜威が伸ばされた手へと振り返る。 「あ、悪ぃ…。起こしちゃった…か?」  たった今、目が覚めた様子の稜威は、目の前に居る涼の存在が信じられないとばかりに硬直してしまっていた。 「いや、その…勝手に入って、ごめんな。…心配になって」 「…な…んで、ここに…?」  稜威の思考は、いまだ回転しはじめたばかりの様子だった。 「あぁ。お前のお母さんが部屋に入れてくれたんだ」 「…母さん? あぁ…」  ようやく意識がはっきりしてきたのか、稜威はようやくベッドから頭を起こして起きあがろうとした。 「あー、そのままでいいから」  身体を起こした状態でベッドに留まった稜威に、涼は先ほど母親が置いていったお茶のコップを律へと手渡した。 「ありがとう…」  渡されるがままに受け取りはしたものの、稜威は目が冴えはじめれば顔さえ紅潮しはじめてきてしまった。 「…てゆうか、お前…。家にわざわざ見舞いに来るなんて…」  病院じゃあるまいしと、稜威は流石に恥ずかしくなってきてしまった。たとえ友人でも普通はここまでしないのではないだろうか。 「連絡しても、反応なかったし」 「…あ、悪かったな…確認してなかった」  今気づいたのか、稜威はテーブルに置かれたスマホへと手を伸ばして確認する。メッセージの着信音すら消していた稜威の様子に、彼が朝から具合を悪くしていたのだと知れた。 「それに、どうしても…イツの顔が見たかったんだ」 「…だから、そういう台詞は…」  友達に言う言葉ではないと伝えようとして、稜威はベッドから身を乗り出すようにして涼を見た。その矢先。 「りょ…」  名前を呼ぼうとした稜威のその口は、その彼の口によって塞がれてしまった。  涼の唇が残りの言葉さえ奪い取るかのようにその唇を啄んだ。 「……っ!?」  やがて離れた唇は、遠慮がちに開かれる。 「お前のこと、女じゃないって言ったけどさ。俺は、お前が好きなんだ」  涼はその唇を名残惜しげに親指で辿る。  あまりの衝撃に、稜威は返す言葉が全く出てはこなかった。そんな稜威を、涼はそっと抱き寄せる。 「お前を女と同じに見てるってなら、あながち間違いじゃないのかもしれない。でもイツが“女”が嫌なら、俺が“女”ってことでもいいし…」  そこまで涼が独り呟いて、稜威は堪らず吹き出してしまっていた。 「プッ…! 何だよ、それ…」 (涼が女だなんて…。こんなに図体がデカくてイケメン面なのに)  どうにも腹の底から笑いが込み上げてきてしまった。  真剣に伝えていたのにと、涼もさすがにムッとしてしまう。 「イツ…!」 「ごめん。てっきり、友達としてって意味なのかと思った…し」  笑っては申し訳ないと思いつつも、言われた言葉の意味を、やがてじわじわと自覚していく。 「…はは……」  二人の間に僅かに沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは涼だった。 「じゃあ、“恋人”ならどう…?」  男でも女としてでもなく、“恋人”としての二人の関係はどうか。 「うん…いいな」  そう稜威が口にすれば、涼はまたその口を今度はパクリとその大きな口で塞いでしまった。 「ふっ……う?!」  喜びを確かめるように、合わさった唇の合間から涼の舌が稜威を擦り上げた。 「…ん…ぅ…!」  まるでベッドへと押し倒すようにして、稜威は枕に沈められていく。稜威もまた呼吸をと口を開けば、涼の舌を深く受け入れていた。それは一層、二人の吐息を熱くさせる。 「ちょ…っ、まっ…て!」  枕に沈められながらも稜威はバタバタとあがき始めた。ここは家だからと、稜威は涼の身体を懸命に押し返す。いつ母親が入ってきてもおかしくはないのだ。  仕方ないとばかりに離れた涼は、少々不貞腐れたように床へと胡座をかいて座り込んだ。 「折角、イツにオッケー貰えたのに…」 「いや…そこまで了承してないし…!」  顔を赤くして文句を返す稜威に、涼はふっと笑顔を覗かせる。それはいつものような愛嬌たっぷりの笑顔ではなく、ただただ満足そうな顔だった。 「うん、そうだな。今日はもう帰るよ…イツが元気そうで本当に良かった」  涼は自分の鞄を取って立ち上がると、しっかり休めよと伝えてその部屋を後にする。  どこか追い返してしまったようで後ろめたさを感じつつも、稜威はそれ以上を彼とするにはまだ心の余裕が持てずにいた。  それは涼も同じで、稜威への湧き上がった衝動を抑えながらも部屋を後にしたのだった。    次の日には、稜威は体力も回復して学校へと登校してきていた。 「おはよう、イツ」 「…お、はよ」  席で顔を合わせて涼と挨拶はするものの、どこかよそよそしく稜威はソッポを向いていた。それが稜威なりの照れ隠しだと悟った涼は、たまらず抱きしめたい衝動に駆られてしまう。 「う、我慢…」  行き先のない手を握りしめて、涼は机の上に両手の拳を並べた。  いっぽう、稜威といえば昨日の気恥ずかしさから、涼とまともに顔すら合わせられなくて、相変わらず見晴らしの良い窓際から外ばかりを眺めていた。  不意に、涼が背もたれに凭れるようにして椅子を後ろ側へと傾ける。 《いつも通りでいてよ》  顔だけ振り返って、そんなことを小声で伝えてきた。  その言葉通り、涼は普段と変わらない様子で稜威へと接していた。  男同士の恋愛などは、周囲に知られて良いことなど何一つ無いものだ。その辺りの配慮はわきまえて、涼はその日から本当に今まで通りに一日を終えた。  そして、稜威に対しての過保護なまでの振る舞いも相変わらず続いていた。  
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