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VSオデル②
目を見開くと、果てしない青空と大海原が広がっていた。
涼やかな風が吹きつけ、潮のにおいが。
崖の近くから、海を眺めているらしい。
あたりは草地で、道がなければ、人や建物なども見られず、寂しげなところ。
ただ、崖っぷちに一軒だけ白い家。
「魔王を倒した、そのあとは人里はなれた土地に、ああいう、こじんまりとした家を建てて、キーと暮らしたいな」
いつの間に隣に立っていた勇者。
格闘家と白魔導師は見当たらない。
戦闘地域でなさそうだから、二人がいなくても不思議でないが、へんな錯覚をさせられる。
人も魔物も滅亡した世界で、俺と勇者だけが生きのこったような。
「はっ、馬鹿らし」と笑いとばしたいところ、勇者が遠い目をするのに、唇を噛む。
かなり間が空いたが、さっきの勇者の呟きに意見を。
「・・・白魔導師のことはどうするんだ?」
白い家を見つめたまま、応じずに微笑むだけ。
やんわりとスルーしたなら「キーはどうしたい?」と質問返し。
言葉を詰まらせたものを、生唾をの飲みこみ「俺は」と云いかけた。
そのとき。
巨大な手で、頭と胴体を鷲づかみにされ、すさまじい力で引き寄せられて。
どこまでも青空と草原が広がる、明るく見通しのいい場所にあって、突如ブラックホールでも出現したのか。
勇者が振りかえる間もなく、闇に深く深く飲みこまれてしまい。
くしゃみして跳ね起きると、松明の火が揺らめく、狭く薄暗い洞窟に。
どうしてか真っ裸で、洞窟内に服はもちろん、体を覆える布もない。
震えながら体を縮めて、あたりを見まわすと、背後には半円状の岩肌、目の前には鉄格子。
洞窟の監獄なのか。
海沿いの崖から洞窟に瞬間移動して、頭が混乱したのが、すこし落ちついてくると、物音が聞こえるように。
しゅ、しゅっと、耳障りな。
音がするほうを見やれば、松明に照らされて、伸びた影が岩肌に写っていた。
筋肉もりもりな巨体。
その体格にして頭に太く鋭利な二本の角があるに、魔物「オデル」だろう。
見た目は日本の昔話にでてくるような鬼だ。
「ああ、久しぶりに上質な肉が手に入ったなあ。
女より弾力があって、それでいて固すぎない、ほどよく柔軟ならば、舌触りが最高だろう。
生きたまま、削ぎ落した肉に齧りつき、噴きだしたての血を飲みつくしたいものよ」
「そうそう、人間の活け造りほど、ご馳走はないからのう。
これまた狂ったように暴れるさまや、悲痛な金切り声は、極上のスパイスになるというものよ。
生肉を食べつくしたら、内臓と肉付の骨を煮込んでスープにするのが、たまらんしなあ。
ああ、今からもう涎が滴ってやまんわ」
会話の内容にして、しゅっしゅ、ぐつぐつという音と、影の蠢き。
オデル、しかも二匹いて、刃物を研ぎ、鍋に火をかけているようで。
そりゃあ、ぞっとした。
今の俺の状態は、この場にいる現実的感覚が半分、夢だと自覚して他人事のように眺めている感覚が半分。
いや、夢と分かっていても、自分の体が削がれ、食べられる究極の残虐ショーを見たいわけがない。
絶望的な囚われの身なのに焦りつつ「魔物に犯されるのではなかったのか」と思う。
眠る前の記憶が、ばっちりあってのこと。
「オデルに生きたまま齧りつかれるなんて、聞いていないぞ!」と白魔導師にクレームしたいところだ。
そもそも、魔物は人を食わないはずが。
もとより、捕食対象でないのもあるし、魔王が禁止しているから。
が、ごく一部の魔物が、人を食べた味を忘れられず、魔王の目を盗んで人間狩りをしていると聞いたことがある。
そんな噂を聞いた記憶が夢に反映したのか。
もしくは、白魔導師と魔王にはめられたのだろうか。
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