VS女王・余談

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VS女王・余談

前女王は、夫たる王の暴君ぶりに心を痛めながら、生まれてきたばかりの息子の行く末を、ひどく案じたらしい。 おそらく夫は、いつか引きずりおろされると。 次期国王の息子の命も脅かされるだろうと。 そのときに備えて、息子を娘と偽り、育てることを決意。 ばれないよう人を遠ざけるため、前女王はヒステリーになったふりをして、母子二人で城の奥にひきこもった。 娘と偽った息子が物心をついてからは「馬鹿なふりをするのよ」と云いつけつつ、そうする必要がある理由をすこしずつ教えていったという。 馬鹿なふりをさせつつ、秀才な前女王を含め、信頼できる賢者たちは英才教育を。 いつか表立って堂堂と王として君臨するときのために。 前女王の賢明な判断と働きかけによって、クーデターが起こっても、娘と偽った息子、新女王は命をとりとめた。 そのあとはクーデターを起こした臣下に花を持たせて、全権を託し、お飾りの女王に徹したことで、国は安定。 まあ、裏では臣下を監視したり、城内外の情報収集をしたり、余念なく国を見守りつつ、決して、でしゃばることはなく。 「鬱なひきこもり女王」と馬鹿にされていたほうが国に有利なら、かまわないと思っていたのが。 他国の侵略が問題になってきて、さらに勇者を巻きこむことになり。 「まあ、もういい加減、飽きたしな」 事後にお互い体をきれいし、身なりを整えてから境遇を語った女王は、そう告げて、コンパスを渡してくれた。 ミッション成功を果たしつつ、浮かない顔をしていたからだろう。 「心配しなくてもいい」と微笑んで。 「クーデターがあったころのように、今、オトメルは変換期なのだろう。 長く特定の人間が権力をもちつづけると、どうしても腐敗をするものらしい。 かつては高い志を持っていた、クーデターの首謀者、臣下たちも今や、保身、私利私欲に走りがちなのだ。 他国の侵略を自力でどうにかせず、勇者を盾にしようとはな。 大局を見据えない愚策だし、人人の希望の象徴を独り占めして利用するなど、それこそ不敬よ。 大体、時間稼ぎをしたいと、せがむのも当てにならんぞ? 時間稼ぎ、時間稼ぎと引きのばして、勇者を盾にしたまま、怠けてなにもせぬかもしれぬ。 私はそうなるのを望まない。 女王、王、どちらにしろ、その立場にある責任を負って、私が判断し実行したいと思う」 「お前や勇者たちが気を揉まなくてもいい」と女装王様がたのもしげに云うのに「分かりました」とコンパスを胸に。 「悲しそうな顔をしないで、むしろ胸を張りなさい」と付け加えられたのに「胸を張る?」と首を傾げれば、苦笑された。 「私はお前のふるまいに感心して、踏んぎりがついたところもあるのだ。 快楽による拷問に屈することなく、勇者との関係について一言も口にせず、肯きもしなかったのだからな。 そもそも、私に身を捧げたのも、勇者のためだろう。 そこまで人のために、己を殺す者を、私は見たことがない。 暴君の父は、自分のために大勢を殺した。 今の臣下も手中の権力を守るため、国民をないがしろにし、あまつさえ勇者をも盾扱いだ。 私の秘密を守る忠臣はおるが、城の極極狭い世界でのこと。 外の世界には、我欲にまみれた者ばかりなのでは・・・。 そうではないと、お前が身をもって分からせてくれた。 お前のような者が、世にいると思えば、これから城の外にでていくにのも、すこしは胸が踊るというものだ」 事後にしばし語らったあとは、手配してくれた城内の部屋で半日休んでから、夜に勇者たちと合流。 女装王様のはからいと、神官の手引きにより、臣下やその手下にばれずに、オトメルから出航できた。 女神の妹、ウミルと会い、力を借りれるかは、まだ分からないが、とりあえず脱出成功にほっと一息。 勇者と白魔導師なんか、船の先頭でタイタニックごっこをしたり。 お馴染の二人のいちゃつきぶりを、つい見入ってしまい、悶々とした。 「誰のために、女装王様と女装プレイしたと思ってんだ!」と嘆いているでも、嫉妬でもない。 別れ際に女王に忠告されたのを、思いかえしてのこと。 「白魔導師に気をつけなさい」 勇者との浮気がばれることに、ではない。 その理由は曖昧なものだったが、白魔導士については折れも、酒場での事件から引っかかっていたとなれば、疑いは深まって。 女装王様の懸念するとおりだったとしたら、浮気がばれて修羅場になるほうが、まだましなのかもしれない。 オトメルから出航して一か月後、人づてにその噂を聞いた。 突如、鬱なひきこもり女王が民衆の前に燦然と御身をさらけだしたという。 そして、城内で縮こまる臣下を置いてけぼりに、ジャンヌダルクよろしく、勇ましく支持者を従えて、海上で他国の船をことごとく撃退したとか。 「守りを固めるだけの弱虫」とあなどっていた他国は、女王の底力、ウミルの復活(勇者が説得した)による加護を目の当たりにし、侵略を断念。 他国の脅威を退けただけでなく、女王の手腕により国は持ちなおし、活気もとりもどせて。 今やオトメルには「女王万歳!」の歓声が湧いてやまないというに、めでたしめでだし。 いや、万歳されている彼は女王ではないのだが、女装王様で通すのか、いつかドレスを脱ぐのかは、神のみぞ知ることだろう。
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