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「…こちらでお待ちください」
「はい」
チューリップの花弁に似たピンク色のスカートがふわりと揺れ、丁寧にお辞儀を終えた女性はセミロングの髪を白く細い指で軽く押さえて扉の奥へと消えて行った。
俺は毛足の長いカーペットの踏み心地を確かめるように歩き、小部屋の隅に置かれた椅子に腰をかける。
「うっわ、何コレ」
重厚な扉のすぐ脇に置かれた地味なデザインの椅子。
たかが椅子だと侮っていたら座り心地がめっちゃ良かった。
少ない接地面で安定的に腰を支え、尚且つ硬さを感じさせない張りのある座面。
華美ではないが実用的な代物だ。
少々感動しつつ曲がっても居ないネクタイを直し、頭をくるりと一周させて自分の現状を再確認する。
さて、何社目だっけ?
数十社…ニ十五か三十か。
就職試験は面倒くさいが数を打てば慣れるしどーってことも無い。
それくらい俺は次から次へと就職試験を受けている。
自分で言うのも何だが顔も成績も上位群でまあまあ出来がいい俺は実際既に内定も何社かもらっていた。
だが何十年も働く会社選びは慎重かつ重要に。
いざ働き出してそこがつまらない所だったらどうする?
それなら最初っから面白そうな所に入りたいのが人情ってもんだ。
「さーて、ここはどうかな」
企業リストの上位に載っているこの会社。
業績もまあまあ、規模もまあまあ。
業務内容は…うーん…地味。
トータルで考えると…イマイチ?
「とりあえず面接はするにしても…断る感じかな」
そう呟いた俺は緊張感も無く、ぐーっと手足を前に突き出して伸びをした。
その途端、タイミングを見計らったかのように女性が入っていったドアが開き、中から勢いよく人が飛び出した。
そしてちょうどリラックス中の俺の長い足に見事に引っ掛かる。
「ギャッ!」
そう短く叫びつんのめる。
男は無惨にもカーペットに顔面着地をキメた。
「うっ…わ…」
床とキスなんて…趣味悪…。
俺は同情するでもなくそう思った。
「…ぅ…いてて…」
呻き声をあげる男は両手をカーペットに付けて腰を上げるが起き上がる気配が無い。
ふるふると小刻みに身体を震わせてないで立ち上がれよ?
ぶつけ所が悪かったのかもしれない。
この辺りには俺達以外に人はいないようだが…しかたねえ…
「あの…大丈夫ですか?」
俺は椅子から立ち上がり目の前で無様な状態の男に声を掛けた。
だって·····この状況で誰かに見られてたら俺が悪人みたいじゃないか。
いや元々は俺の足が原因なのは間違いないが。
「だ…いじょうぶ…デス…」
悶えながらの返事、語尾がカタコトなんですけど。
「手、貸しますね」
こんなのに時間を取られるのも面倒なので、仕方なく屈んで相手の腕を俺の肩に回して体を持ち上げようとした。
「あッそうだ!」
「え…?」
いきなり同じタイミングで…いやタイミングはほぼ同じでも俺より勢いよく立ち上がるもんだから俺だけそっくり返るように後方にバランスを崩した。
「ひッ…!」
「危なッ…!」
俺は咄嗟に半分身体を捻ったが…このままだと受け身も間に合わず床に強か身体を打ち付けてしまう!
それは勘弁!せめて床に手を着いて体の打撲は免れたい!
だがそんな事を考えてもスポーツ選手じゃあるまいし、就職活動で訛った体は咄嗟の出来事に言うことを聞いてくれない。
「あぁ…!」
床に体を打ち付ける前に目を閉じて衝撃に備えた。
「…ん?」
···しかし、予測は外れて俺は無様に床に寝転がる事は無かった。
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