中黒友仁の憂鬱

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残りの学生生活は滞りなく過ぎてゆき、俺は入社式の一週間前に行われる希望者のみ参加の新入社員向けの最終研修に出席した。 自由参加となっているのは研修と言ってももはや名前だけで実質は親睦会だからだ。 特に参加しなくても何の問題も無い。 案内を見ながらそこそこ広い会議室に入るとそこにはフレッシュマン達が集まっていた。 フレッシュという言葉で表現していいのか分からないが学生気分のまま参加している者が多数いる。 ネクタイを緩め壁に寄りかかって雑談する男共。 華美な化粧を施し団子になって騒ぐ女子。 その中の一人が俺に気づいた途端に隣の女子に耳打ちする。 途端に輪になった全員が…いや…会場内の、と言った方がいいか…俺に刺すような視線を寄越した。 俺は奴らの群れから一番遠い後ろの机に荷物を置きその席に座った。 開始時刻まであと十五分。 特にすることも無かった俺は有象無象な人型をぼんやりと視界に入れ始まるのを待った。 「あの、隣りに座ってもいいですか?」 「あ…ああ」 不意に後ろから声を掛けられて肩越しに仰ぎ見れば小綺麗な男がすぐ近くに立っていた。 「お邪魔してすみません。…賑やかなの苦手で」 チラッと前方の集団を見て男は申し訳なさそうにそう言った。 「構わない、俺もアレは苦手だ。賑やかなんてもんじゃない。公害だ」 そう言うと驚いたのだろう、目を見開き…それから微笑んだ。 「…それでも楽しそうにしている姿は、いいと思う」 …笑っているのにどこか寂しげな瞳。 柔らかい成りをして見えるのに心は凍てついている…そう感じた。 ほどなくして研修が始まり、簡単な自己紹介をしたり改めて社内を見学したりとたいして面白くもない半日を過ごし、俺達は少し早い時間に食堂に放たれた。 清潔感に溢れた白いテーブルにパステルカラーのイスがキチンと整列されていて二〜三百人収容出来る広さ。 大きな窓からは光が降り注ぎ室内は光に溢れている。 入口には立て看板があり目玉商品や日替わりの写真が貼ってありどれも美味そうだ。 料理の値段は相場よりも二〜三割安い為ほとんどの社員はこの社員食堂で昼食をとるらしい。 ショーケースの中にある料理を見比べ予め渡された食券をカツカレーと交換して俺は日差しがめいっぱい入る明るい窓際の席に着席した。 静かに両手を合わせ魅惑のカレー臭を胸いっぱいに吸い込んで、それからスプーンでルーを掬う。 だが あ〜んと口を開けるタイミングで白いテーブルに陰が落ちた。 俺を見下ろしているその人は… 「スー…」 「来たね」 「まあな」 男は満足そうにそう言ってテーブルに唐揚げ定食とみかんゼリーの乗ったトレイを置いた。 端正な、色男と呼ばれるその部類のこの男は俺の目の前に座り食事に箸を付けた。 「す…優…違うな…中野さんはあんな事までしてんの?」 「苗字で呼ぶなんて他人行儀だねぇ。ここでもスーって呼んでいいよ♡友仁は と・く・べ・つ♡」 「…会社で揶揄うなよ」 「俺さぁ、部署は全然違うのに何故か研修になると呼ばれちゃってさぁ…まぁ可愛い友仁も見れたからいいんだけど」 そういうもんなのか、社会人。 スー、こと中野優(なかのすぐる)は兄貴の同級生で俺の実家の近所に住んでいた当時はちょくちょく実家に遊びに来ていた。 兄貴の友人だから当時は直接会話をする事も無かったのだがそれでも顔を覚え挨拶するほどにはなった。 中学終わりから大学受験に入る頃までだから四年近くの間だったか。 だがそれからこの人…スーを見かけなくなってから五〜六年が過ぎ、久しぶりに顔を合わせたのは今から二年くらい前。 酒の席で羽目を外した翌日の朝だった。
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