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…あの朝の事は二度と思い出したくない…。
朝になり一糸纏わぬ姿で目を覚ました俺は隣で眠っていた男がスーだと気づいて動転した。
出来れば気づきたくなかった。
いや、そもそもスーだと知らずにしたアレコレが辛すぎる。
あまりのショックに冷静な見た目とは真逆に脳内パニックを起こし凍ったように固まって動けなくなった。
だがスーはにっこりと微笑んだ後で「友仁、オハヨ」とまるでアレコレが無かったかのように挨拶した。
そして微動だにしない俺を風呂に入れ、あれよあれよという間に着替え、食事、LIMEの交換を済ませ笑顔で駅まで送ってくれた。
若気の至りが痛すぎた思い出…。
「こーら」
「いて」
スーの細長い指が視界に入った瞬間に軽い衝撃。
デコピン!子供かよ!
「眉間に皺。それでなくとも友仁は目付きがギラギラしてるんだからもっと力抜きなよ」
「ギラギラ…してねぇし」
「もっと楽にしよ、ね」
生憎俺は万年お花畑の兄貴とは違うんだよ。
しかもあんなにヘラヘラしてた奴に捨てられたの誰だよ!
澄ました顔で飯なんて食いやがって。
「コラ、今良くない事考えたろ?」
スーの片眉がピクッと吊り上がった。
「…何も。お花畑にポイされた過去なんてもう忘れただろ?」
「ポイ…って何なん?違うって。所でさ、今晩飯でもどう?」
「スーの奢りなら」
「奢る奢る。全部持つよ」
「じゃあ行ってやるよ」
感謝を込めて全力で微笑み、カレーの続きを口に運んだがスーはやや渋い顔で俺を見る。
「俺は個性があっていいと思うんだけど…そのニヤッて笑うの…会社ではあんまりしない方がいいかもよ…」
スーは残念そうにポツっとそう零した。
全力で微笑んでやったのに…スーめ、一言余計だ。
午後はお偉いさんの子守唄のような長〜い話を有難く拝聴し、解散。
荷物を纏めていると周りがザワついて、この後飲みに行くとか行かないとかで盛り上がっていた。
もちろん俺は興味もないし、そもそもスーと約束がある。
「さ、出よ」
俺は何の未練もなくさっさと会場を後にした。
家に帰るのも面倒だった俺はスターニャックスでコーヒーを啜りながらスーの連絡を待った。
オフィス街にあるこの店舗は同系列の店よりスタイリッシュでおひとり様席が多く、店内にいるどの客もスマホやPCの画面を睨んでいる。
ふと奥に目を向けるとそこはあの男、香束と待ち合わせた場所。
「そういえば香束は奥のボックス席にいたっけ」
一人掛けではなく対面で座れるテーブルを選んでくれた香束の行動に、きっと自分は友人として歓迎されている…何の根拠もなくそう思った。
俺は自分の笑顔の受けが悪い事を知っている。
だから頬が緩むのを感じながらも若干口元の筋肉を引き締めスーからの連絡を待った。
スーの退勤時間まであと一時間という所で携帯が震え、メールを見るともう会社を出たという連絡だった。
早くね?
いいのか?会社員、と心の中で突っ込む。
それには地図が添付されていて指定された場所に向かえばそこは小綺麗なマンション。
指示通りエントランスでまっていると、二十分程で見覚えのある顔がこちらに向かって手を振った。
「そんなに待ち遠しかった?」
「いや、子供の頃と雰囲気が変わったよな…って」
高校生の頃はどちらかと言えば硬派で真っ黒で短く切りそろえていた髪は明るい色にカラーリングされワイシャツの襟にかかる程伸びている。
優等生に見えたはずなのに今はチャラ男の体だ。
「見とれてないで俺の部屋で飲も?」
「そんな事ねぇよ。早くメシ食わせろ」
「出発〜!」
スーはさりげなく手に持っていたレジ袋のうちの一つを俺に持たせ、二人でエレベーターに乗り込んだ。
黒で統一されたオシャレな部屋で惣菜を摘みビールを飲む。
スーに対する気安さもあって酒はどんどん進んでいった。
ソファーに座っていたはずなのにいつの間にかラグに直に座ったりして、だいぶ気分がいい。
酒が入れば口は軽くなり、俺は今まで黙っていた入社に至った経緯をスーに話していた。
「何その動機」
「充分だろ?」
「友仁がそれでいいなら…まあ、そんなもんか。俺は同じ会社で嬉しいけどさ」
就職先は面白そうな奴がいるから決めた、と素直に話したのは間違いだったか?
俺は缶ビールをグッと喉に流し込んだ。
「それで、その彼は今日来てた?」
「いや。用事があるとか」
「見たかったな〜。友仁が惚れちゃう男」
惚れちゃう…?
惚れてんの?俺?
残ったビールを一気に煽り空になった缶を目の前に立て、意味もなく指先で倒せばカランと鳴ってスーの方へと転がっていった。
「…惚れてねぇよ」
「うんうん。…ワイン飲む?」
「どっから出してんだ?ドラ○もんか?」
「ほらほらグラス持って」
ずいっとグラスを差し出せば赤い液体が注がれ、俺はその赤い色をじっと見つめた。
「ん?どうした?」
「何でも」
ワインを口に含むと芳醇な葡萄の香りが鼻から抜け、強めのアルコールに頭がクラクラする。
「何か酔っ払いそう」
瞼が重く、視界が狭まる。
「酔っていいよ。今日は泊まっていくんだろ?」
妖しく口角を上げながらスーの手が俺に向かって伸び、頬を軽く撫でられた。
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