0人が本棚に入れています
本棚に追加
パルマン亭
パルマン亭までもう少し、あと一区画のところまでノーマンは戻ってきた。
「どうか無事でいてくれっ!」
祝賀会場へは異世界人勇者としてではなくオートブルの納入業者として出向いた、魔城の手前で異変に遭遇した。
入植したばかりの人族が何かに襲われている、見えない何かに。
「どうなっている!何がいるっていうんだ」
祝賀会どころか街が消える、火の周りが早い、煙が立ちこめる街のなかで化け物を見つけるのは難しすぎる、只でさえ鏡の外殻を持つ化け物は景色に溶け込んでしまう。
逃げ惑う人族が突然鏡に包まれて消える、跡に残るのは穴だらけの服と人型の紙。
「魔神の復讐なのか・・・」
復讐されるだけの業がある、自分は殺されても当然だ、しかしカレンとアグネスには罪はない。
「復讐の魔神よ、俺はここだ!復讐を果たせ、彼女たちには手を出さないでくれ」
地は使徒が埋めている、ノーマンは屋根つたいに移動していた、何かは屋根には上ってこれないのか、屋根の上に避難した者は無事でいるようだ。
しかし道が屋根を区切る、どうしても地に降りなければならなかった、瓦を落として使徒の存在を確認しながら道路を渡り、再び屋根に上る、これを繰り返しながらパルマン亭の屋根に取り付いた。
道路には鏡が蠢いているのが分かる、使徒がいる、家の中に獲物がいることを感づいている。
二階の窓を開いて室内に入る、物音も気配もない、不安が募る。
「カレン!アグネス!どこだ!?」
「ノーマン!!」
「!!」
返事があった、生きている。
声がした一階に向けて夢中で駆け降りる、息をすることを忘れる。
店の窓とカーテンは全て閉じられて薄暗い、厨房奥の魔神像の前に二人の姿を見つけた時、ノーマンは魔神に感謝した。
「二人とも無事か!?怪我はないか?」
「ああっ、ノーマンあなたも無事なのね」
「なんとかな、街中化け物で溢れている、何なんだあれは?」
「あれは天罰の使徒、吸血蟻だわ、おとぎ話の化け物よ」
「もう街は壊滅している、逃げるんだ」
「でもどこへ、ここから出たらすぐに殺されてしまうわ」
アグネスは疲れ果てて寝てしまっていた。
カレンはアグネスを抱きしめながら震えている。
「火事が迫っている、ここにいたら焼け死ぬことになるぞ」
「そんな・・・」
カーテンで見えないが外は煙と火の粉が待っている、延焼は時間の問題だった。
二人が無事でいることは奇跡に近い、近隣の住宅は蟻群の侵入を許して家人のほとんどが犠牲になっている、異常を察して窓を閉めたカレンの行動が生死をわけた。
闇雲に走っても望みはない、溢れる蟻群から逃れるために、カレンとアグネスを守るために出来る事。
「あれだ!」
屋根から見た運河に座礁した船だ、あれで海まで脱出するのだ。
「カレン!店の前に船があった、あれで海まで逃げよう」
「だめよ!キャビンの中で船員が襲われているのを見たわ」
「俺が先に行って片付ける、準備が出来たら二人できてくれ」
「やめて、危険すぎる!」
「お前たちは絶対助けると誓った、このまま死なせない」
「ここで待て、準備ができたら呼びに来る!」
玄関の扉を開けるのは危険だ、再び二階に走り出す、二階から降りて船にダッシュする。
火事を嫌ってか獲物を食い尽くしたからか街道の蟻群は少なくなっている気がする、狂女の金切り声がしない。
チャンスだ、ノーマンは一気に壁に突っ込んで止まっている船のデッキに飛び乗る。
キャビンに入ると船員だった抜け殻があった、丸めてそとに放る。
運河の荷運用の小さな帆船に幸い致命的な損傷はない、蟻の気配もない。
「いけるぞ!!」
船尾にあったオールを手にすると、街道に出て店にたかっている蟻を叩き落す、埃と灰が積もった蟻は外殻の判別がしやすい。
「カレン!来い!!」
パルマン亭の屋根から出火し始めていた、パチパチと炎が揺らめき立つ。
「ノーマン!」
アグネスを抱いたカレンが意を決して外に走り出す、ノーマンは先行して街道の蟻を弾き飛ばしながら道を作っていく。
二人を船に乗せるとオールを使って船を岸から離す、運河の流れに乗せて海に船首を向けた。
パルマン亭の火の回りが早い、一瞬の躊躇があったならば煙に巻かれていただろう。
「師匠が守ってくれた・・・」
燃えていくパルマン亭にカレンとノーマンは祈りを捧げた。
運河を使い街に進撃してきた蟻群は水からは上がっているようだった、煙が渦巻く運河をゆっくりと下っていく。
帆は広げない、たちまちのうちに燃え移ってしまうだろう。
「ううっ・・・」
オールを操作していたノーマンが苦しげに膝をついた。
直ぐに気づいたカレンが駆け寄ると脇腹に血の染みが広がっていた。
「あなたっ、刺されたの!?」
「ああ、店に戻る途中でやられた、大した事はない」
「そんな、見せて!」
吸血蟻に脇腹を刺されていた、貫通はしていないが傷は浅くはない、出血が続いている。
二人を助ける一心で気を張り詰めていたのだろう、安堵と共に降ろした腰は再び立ち上がることは出来なかった。
「いいんだ、君たちが助かれば十分だ、俺は罰を受けなければならない」
「あなたが居なかったら意味がないわ」
「おれは幸せだ・・・」
最初のコメントを投稿しよう!