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雪山にある山荘で起こった連続殺人事件は、探偵の登場によって解き明かされた。
探偵が事件は解決されました、しかし、とある方向を見る。
「しかし私には犯人をそうさせた何者かがいる気がしてならないのですよ。例えば──カミニシさん、あなたのような」
カミニシ、と呼ばれた男は暖炉のそば、イスに座っていた。なんのことはない、黒髪の没個性な男だ。おそらく道ですれ違っても五秒経たずに忘れられているであろうカミニシは無感情に呟いた。
「オレのような、か」
「ええ。
次々に目の前で殺人が起こったにもかかわらずあなたは全く動揺しなかっただけではなく、ずっと被害者の死因と数をカウントして紙に書いた名前を消していましたね?もちろん状況証拠しかありませんが……
私はあなたが加害者をそそのかし殺人をさせたのではないかと疑っているのですよ」
「ほう」
被害者の数をカウントしていた、のところで初めてカミニシが感心した反応をする。
探偵の目端がきく所に驚いたのだ。当たり前であるのだが人が死ぬと皆がばたばたして他人を観察する余裕はない。探偵は仕事ができる人間なのだろう、実に好ましい。
「オレがそそのかしたんじゃない。あくまで加害者の自由意思だろう」
カミニシとしては探偵に敬意を示しつつ事実を話したつもりなのだが気に入らなかったのか探偵は顔をしかめた。
「そうやって加害者一人に罪をなすりつけるのですか。確かにあなたを裁く罪は存在しない!
だが私は本当のことを知りたいのです、あなたが、カミニシさんが被害者を消したわけを」
「消したわけ、か。仕事だからだ」
仕事。それがカミニシが人里離れた雪山の山荘にいる理由でもある。
「仕事?殺し屋ということですか。いかに仕事といえど人を殺すだなんて」
「落ち着け。オレは人間ではない」
「人間ではない!なんていう言葉だ、自分は獣だから気に入らない人間を殺してもいいと言いたいんですか?」
「獣でもない」
カミニシはなにか決定的なすれ違いが発生していることに気がついた。修正せねばならない。
「死神だ」
端的に身分証明をしたつもりのカミニシであったがすれ違いはさらに悪化したらしい。
「死神……自分の手を汚さずに人を殺す殺し屋、ということですね、おそろしい」
探偵は軽蔑、畏怖の混ざった表情でカミニシを見た。仕事をしているだけなのにそんな顔をされるいわれはない。常に淡々と仕事をこなしているつもりだったカミニシもいい加減腹が立ってきた。
探偵はどうしてもカミニシを殺し屋にするつもりなのか。こういう場合──他人から職業を疑われた場合のことだが、マジシャンならばマジックをするだろうしシェフなら料理をするであろう。
ところが死神の場合は実演すると新鮮な死体ができあがるだけだ。
それでは意味がないだけでなく勤勉なカミニシには許しがたい。人生のラストイベントに予定外があってはならないのだ。カミニシは苦い表情を浮かべる。
「しかたない。消すとしよう」
雪が止んだ後、事件があった山荘を早々にチェックアウトする男がいたがそれは雪に閉じこめられて殺人犯といるはめになった経緯を考えればいたしかたないことであった。
もちろん、警察も探偵も事件が解決した後のことなので止めずに労りの視線でもって見送る。男はふもとに降りるなりどこかに電話をかけはじめた。
「もしもしカミニシです。
……ええ、確かに災難でした。まあ仕事ではよくあることです、は?きちんと消してきたのか、ですか。当然です、死ぬべき人間を消して生かすべき人間を生かし、我々を認識した記憶は消してきました、これも仕事ですので。
次は九州と北海道?殺す気ですか。冗談です、ええ、ではまた」
電話を切った男は、ふ、と短く息をつく。
「まったくせわしない、死神も労働改革が必要だな。探偵と他数名の記憶を消したおかげでオレのことは覚えていなかったのが幸いだが」
荷物を持った男はひと仕事終えた表情で雑踏に消えていった。
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