チーズケーキにはなれないの

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 クリームチーズが高い。生クリームは高級品。  私は溜息をつくと、代わりに買ったのはヨーグルトだった。  クリームチーズと生クリームを足して同じ重さなのに、ヨーグルトひとつ買ったほうがクリームチーズと生クリームを一緒に買うより安いのはバグじゃないか。  家にバターはまだ残っていたのを思い返しながら、土台に使うビスケットを探した。  家でお菓子をつくるとき以外ビスケットを食べる習慣がないから、どれがいいのかわからず、結局はセール品になっているどこの国のものかもよくわからないバタークッキーを買った。もしよくわからない輸入菓子がおいしくなかったらどうしよう。そう気を揉みながら。  今晩遊びに来る彼氏は甘党だ。だから夜にお茶と一緒にお菓子を食べる。普段私が彼氏と一緒じゃないと食事すらまともに食べないのを見かねて「一緒に食べよう、一緒に食べるとおいしいよ」と私に餌付けしたがった。  私は小さい頃から食にあまり関心がなく、腹を膨らませるためにパンとコーヒーで朝ごはんを済ませ、足りない栄養素は全部栄養剤で摂っていると伝えたら、彼氏に心底悲しいものを見る目をされてしまった。  そんな目をさせたかった訳じゃないんだけど。  だからお菓子づくりを覚えたのだって、彼氏からされた悲しい目を少しでも払拭したからだった。  家につくと、まだ彼氏が遊びに来るまで、まだ時間がある。急いで焼いてしまおう。  私は買ってきたものを見ながら「よし」とレシピを見た。  チーズを冷蔵庫に戻して柔らかくするというのが億劫だった。面倒臭がって電子レンジで温めると柔らかくなるどころか原型が消失するし、常温で戻すとなったら朝から昼まで放置してないといけないとなったら「やってられない」と思ったのも、ヨーグルトケーキをチーズケーキだと言い張るようになったきっかけだ。  クッキーを適当な袋に詰めると、家にある中身の入ったビール缶でしばきまくった。粉々になったところで、バターをひとかけら入れて揉み込む。  その揉み込んだクッキーの粉々を型に敷き詰める。普段電子レンジでチンするだけのものは楽だからという理由で買ったシリコンスチーマーはケーキの型にもなるから楽だ。貼り付かないし焦げ付かない。  ヨーグルトにはちみつを入れてよく混ぜ、卵も入れてさらに混ぜる。そして仕上げに粉もお茶濾しで濾しながら混ぜ込むと、クッキーの底の上からかけて、オーブンで焼く。  焼いてしばらく経つと、バターとミルクのいい匂いが漂ってきた。これがチーズじゃないとは思うまい。  私はふふんと思っていたら、スマホが鳴った。 「もしもし? もう行って大丈夫?」 「はい、今ケーキ焼いてるところ」 「えっ。なになに。それに合う飲み物買っていくよ」 「ふふん、チーズケーキ」 「ああ」  彼氏は何故か苦笑した笑い声を漏らした。なんだその反応。私はそう思っていたら「じゃあコーヒー買っていくよ」と言ってから切られた。  そうこうしている間に、チーズケーキもどきが焼き上がった。見てくれだけなら、ヨーグルトケーキとチーズケーキの見分けはほぼつかない。味も食べたらほとんどわからない。  私はそれを冷ましてから、包丁で切り分ける。  チャイムが鳴った。 「はあい」 「こんにちは。ああ、ほんとだチーズケーキ」 「うん。いらっしゃい」  彼氏が買ってきたのはコーヒーの粉だった。それをいつも持ってきているティーパックの中にコーヒー粉を入れてコーヒーを淹れるのだ。いい加減私もコーヒーメーカーを買うべきかと思うべきかと思うが、普段飲んでいるのがインスタントコーヒーで、コーヒーとインスタントコーヒーの区別もつかない女が買ってもなあと思って、なかなか踏ん切りがつかないでいる。  彼氏が淹れてくれたコーヒーはおいしいと思うのに、味のよしあしがあまり私にはわからない。  彼氏が買ってくるコーヒーも毎度毎度違うらしいけど、私には区別が付かないのだ。 「……これいつもよりも酸っぱい気がする」 「これは牛乳入れたらちょうどよくなるブレンドだよ。だからチーズケーキと食べながら飲むと合うと思うんだよね。食べながら飲んでみて」 「うん……うん?」  コーヒーだけだとただ酸っぱいだけだったはずなのに、チーズケーキと一緒に食べた途端に、その酸っぱさが美味く感じるようになった。 「……おいしい」 「そうそう。君もようやっと味がわかるようになったねえ」 「そう?」  私は本当の本当に、おいしいまずいがわからないのに。  彼氏と週一のお茶会のときだけは、たしかに食べ物がおいしくかんじるから不思議だ。  私の顔に彼氏は心底ほっとした顔をしていたが、私にはそれがよくわからなかった。 ****  うちの彼女は料理に興味がない。  インスタントばかり食べているタイプかと思いきやそうではない。彼女は食べることに興味がないのだ。  料理は出来合いのものに栄養剤だけ。栄養は足りていても、カロリーが足りているかどうかは微妙だ。  見かねて彼女に餌付けとして「一緒にご飯を食べよう」と連れ回すようになって、話をしていてわかった。  彼女の家はダブル不倫のせいで家庭崩壊し、どちらも彼女のことを放置していたんだった。そのせいで彼女は料理にも愛情にも無頓着にならないと生きていけなかった。  彼女は彼女なりに自分が壊れてしまっている自覚があるんだろう。俺と一緒に食べるようになってから、ときどきしょうもない嘘をついたり、見栄を張ったりするのが見えるようになった。  チーズケーキを焼いただってそうだ。  彼女の性格を考えたら、チーズに気を遣うことなんて絶対にしないんだ。おまけに台所のゴミ箱からヨーグルトのパッケージが捨ててあるのが見えるんだから、そんな嘘わかるのに。  無理にチーズケーキなんて言い張らなくっていいのに。ヨーグルトケーキでもいいのに。  でもそれを指摘したら、彼女は勝手に傷つくだろうから、そっと見なかったことにする。  ふたりで食べる料理はおいしい。お菓子は嬉しい。いつか、愛情が欲しいと素直に言えるようになるまで、もうちょっとだけ待ってみようと思いながら。 <了>
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