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かしこい牝牛
西暦26××年4月1日早朝、いつになくサトウ牧場は騒がしかった。
「なんてこと、なんてこと!」
牧場の西側の崖から南東に向かい、叫びながら駆けてくるのはアイ・サトウという女性だ。アイはここ、サトウ牧場の主、コウ・サトウの妻である。
このとき私は牧場のちょうど真ん中あたりで草を食んでいた。私はアイの叫び声に耳を澄ませつつ、のそりと顔を上げる。私以外に九頭いる牛たちは耳をピクピクさせ、一様に怯え、北側の林の方へと身を隠した。
「どうしてこんなことに!」
わたしは遠くを駆けるアイを眺めている。
彼女は草原の勾配を、転がるように、時々足をもつれさせ実際に転がったりして、五十歳の女性とは思えぬほどのスピードで駆け下りていく。
その姿を目で追いながら、私は彼女のほうへと歩を進めた。
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