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「それなら『いやだ』と言いなさいよ」
マザー・モウの声は頭の中で聞こえつづける。彼女の顔に目をやるが、その声が聞こえるたびに彼女の口が動いているわけではないので、やはりこれは、僕の願望が作った幻聴なのだろう。
僕は素直に、幻聴と会話をつづけてみることにした。
「できないよ。サトウ夫妻に逆らうことはできない。僕は赤ん坊の頃、彼らに助けてもらったんだ。だから僕は彼らのことを無条件で愛しているし、彼らの役に立ちたいと思ってる。これは前にも話しただろ」
「聞いたわ。でも、ソラは十分に働いてきたじゃない」
「そうはいっても、メイとの交配は別だよ。人類の存続がかかってるんだから、どんなに嫌でも、絶対に断れない」
そう言って、僕は夕暮れの空を見ながら少し考えた。しばらく黙り込んでから、「でもさ」とマザー・モウに語りかける。
「でもさ、マザー・モウ。そもそも、人類を存続させる必要はあるのかな」
僕は言った。マザー・モウは首を右にかしげる。それが「さあね」という僕の言葉への返答を表わしているのか、意味のない単なる動作なのかは、わからなかった。
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