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かしこい牝牛
「僕かメイのどちらかが死ねば、人類は滅亡に向かうんだけどな。いっそのこと、そうなったらいいのに」
昨日の夕刻から、ソラの言葉が私の脳内を駆け巡っていた。ソラの願いを叶えてあげたい。私はソラのことが大好きだ。彼のためならなんでもできる。
だからその夜、私はサトウ一家が住む家の様子を監視していた。
深夜、一人で牧場を歩き、崖の淵に座って時を過ごす。これがメイの習慣であることを、私は前々から知っていた。彼女は毎日のように夜更かしをして、だらしのない猫背で、だれもいない夜の牧場を歩く。そして崖の淵に座り、果てしなく広がる闇を眺めるのだ。そのとき、彼女がなにを考えているのかはわからない。瞑想に集中しているのかもしれないし、怠惰な自分を責めて落胆しているのかもしれないし、ソラとの交配を想像して興奮しているのかもしれない。メイの頭の中のことはわからないけれど、とにかく彼女は、毎夜崖の淵でぼんやりと座っているのだ。
そこを狙えば簡単にメイを殺せる、と私は以前から思っていた。
メイはソラが言うように、怠惰で思慮のない人間だ。やさしいサトウ夫妻にさんざん甘やかされて育ったからかもしれない。
たとえば彼女は、牛の肉を好んで貪るけれど、内臓は絶対に食べない。
「こんな気持ち悪い内臓なんて、食べられるわけないでしょ」
そう言いながら、牛の胃をゴミ箱に捨てているのを見たことがある。
私はそんなメイを長年恨んできた。
そんな思いも相まって、私はソラの願いを叶えることに決めたのだった。
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