かしこい牝牛

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 納屋につくと、私はドアの前で足を折り、草の上に伏せた。九頭の他の牛は、納屋の後ろにある林の方でひっそりと息を潜めたままだ。  この納屋の住人、牛飼いのソラはまだ室内にいるようだ。時刻は早朝、完全に目覚めてはいない太陽の光が、牧場全体をふんわりと包み込んでいた。  ソラは二十歳の青年だ。彼はこの牧場における、私たち牛の世話係であり、出産、育成、搾乳など、牛の生活に関わる全てのことを担当している。牧場主であるサトウ一家の三人は牛に関わる仕事を全てソラに任せきっており、彼が搾った乳を飲み、彼が育てた牛を殺して食べることしかしなかった。ただしサトウ夫妻は西の崖の近くにある畑で野菜を作っているので、牛の世話はしないけれど、怠惰な生活をしているというわけでもない。ところがひとり娘のメイだけは別で、彼女は一日中食べては寝てを繰り返すだけのとんでもない怠け者で、私はこれまでで一度も、彼女が働いている姿を見たことがない。  一方のソラはというと、牛たちの世話を熱心にするけれど、牛たちを消費することはしない。ソラは仕事の合間に東側の浜辺に行き、釣りをする。そうして釣った魚が彼の主食だ。  だから私を含めた牛たちは、ソラのことが大好きだ。彼のためならなんでもできるほどに。  私はソラの納屋の前で横になって目を閉じながら、自分が生まれたばかりの頃から今に至るまでの、彼との関わりについて思い出した。
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