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現代創作怪談・黒百合
最近、こんな噂を聞く。突如路地裏に現れる女の話だ。その女は漆黒の髪、漆黒の服、雪のように白い肌、妖艶な紅い唇、凍てつくような氷色の瞳。その女は必ず問うのだ。
「貴方の願い、叶えてあげましょうか?」
その問いに「はい」等の肯定的な答えをすると、数日後その答えた者は行方不明、又は死因不明の遺体となって発見されるのだという。
俺は仕事帰りだった。同僚と往来を歩いている途中だった。
「いやあ、まいったな。まさかこんなに遅くなるとは思わなかった」
「それな。俺買いたいもんあったのに」
「お?なんだそれは?嫁さんに隠し事か?」
「ちげえよ」
相変わらず同僚、片村は能天気で明るい奴だ。会社の中でも評判がよく、仕事の出来はいいし、そこそこモテるし、しかし憎めない奴。飄々としているその雰囲気は傍にいて落ち着くのだ。
夜も遅いというのに、街はまだ明るい。様々なネオンが光り、まだまだ活気にあふれている。
「ん?何やってんだ?あんなところで」
「?」
片村の視線を辿ると細い路地の間にサラリーマンと思われる若い男、そして女が佇んでいた。
何故か好奇心が湧いて、二人でこっそり耳を澄ましてみた。
「貴方、何かお悩み事を抱えていらっしゃるようね」
「ええ、出世したいんですけど、中々……」
女は驚いたような顔をした。そして無邪気に笑う。
「まあ!強欲な方」
男もつられて笑う。女の手が男の頬に伸びる。
「でも心配しないで。私があなたの夢を叶えてあげましょう」
その時。
女から得体のしれない気が発せられた。女の髪がうねり、瞳が凍てついた氷色に輝く。
「貴方の夢を邪魔しているのは誰かしら……?」
つい、と女の指が輪郭をなぞる。鈴を転がしたような声、歌のような言葉が、紅い唇から紡がれる。
「教えてくださらない?邪魔者はだあれ?」
呪いが、咒言がするりと男の耳に滑り込む。
「貴方の口から名を教えてくださいな」
男の目から生気というものが消えていく。女の手に、黒い何かが握られていた。男は虚ろな目で口を動かした。口からは名前という呪がこぼれている。名を言い終えると、女は手の中にあるそれを男に渡した。
「明日の夜、また呼んでくださいね?……黒百合、と」
一部始終を見ていた俺たちは、寒気を覚えた。何か、得体の知れないものを見てしまった。
「さ、帰るか。お前ももうこのことは忘れろ」
片村がいつも以上にまじめな顔をしている。何故だろう。
「ああ……」
とりあえず返事しておく。こうして俺たちは去っていった。
田中は気が付かなかった。片村の視線が先ほどの女がいた、何もない空間を見据えていることに。
例の男が社長秘書まで出世したらしい。俺たちの会社まで噂が広がっていた。何でも前社長秘書が不祥事を起こして首になったらしい。片村と俺はパソコンに表示される記事を見ながら人生何があるかわからんな、と呟いていた。
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