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「いやあぁあっ……!」
体の操作を忘れ、ベッドから転げ落ちる。一気に流れ込んだ衝撃で、頭がはち切れそうだった。
命尽きた彼と共に倒れこんだ時、私は見ていた。見てしまっていた。
「どうしたの心花!」
「いや! 来ないで!」
触れる手を弾いてしまう。頭を抱えて床を転がった。舞い戻ったワンシーンが焼き付いて、目の前の存在を歪ませていく。
「怖い夢でも見たの? 大丈夫?」
「夢……? 夢なの? でも、あれは……都月がなんで……殺したの……?」
意識を手放す直前、私が見ていたのは包丁を握る都月だった。冷たい目で私たちを見下ろしていた。
あんな大切な場面を忘れていたなんて。恐怖が薬に相乗効果をもたらしたとしか思えなかった。
正解だと言わんばかりに、失っていた他の記憶まで戻り始める。些細な過去まで噴出し、脳に納めきれない。
「心花を愛してるからだよ……だから、アイツを選ぶなんて耐えられなかった」
理解できなかった。それでも、必死に解読しようとする自分がいる。
都月を心から愛していた。いや、愛している。多分今だって、裏切り者だと責めたくないから惑っている。
――私はただ、愛する都月のために、前を向きたかっただけなのに。
「でも、思い出してしまった以上は放っておけないね……」
逆光に黒ずむ顔は、表情を隠す。だが、甦った記憶と同じ感覚だけは捉えられた。
「いつかはこうなると思ってた」
都月が数秒、背を向ける。現れた隙を前にしても、体は逃げ出そうとしてくれなかった。
「事件の後に会った時、心花が全て忘れてくれてたから、僕は君を生かしてたんだ」
再び戻った顔は、やっぱり影に黒ずんでいる。手元に、刃の幻影が見えた。
「でも、アイツのことを思い出しちゃったからなぁ……」
私の目の前に、何かが落とされる。
「だから選んで、心花」
バラバラと小さな粒が、床に落ちては小さく跳ねた。
それは、あの薬だった。
体に入れるほど、副作用の強くなる薬だ。これだけ服用すれば、結末は計り知れない。けれど、私が選べるのは――。
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