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叶わぬ恋の終わらせ方
「それは、ただの思い込みですよ」
数学の笠間先生は、いつでも冷静。
「自分の知らない世界を知る人間が眩しく見えるだけです」
そうやって、私の気持ちを遠ざける。
「高校生ぐらいって、大人がかっこよく見えてしまう年頃なんですよ」
いつもと変わらない穏やかな表情で、私のことを子供扱いする。
軽い気持ちなんかじゃない。1年の頃から、ずっとずっと好きだったのに。明日で卒業だから、勇気を出して告白したのに。
受け入れてくれるとは思っていない。そんなことは分かってる。でも気持ちを抱えたまま、この学校を離れたくなかった。
「今は良かったとしても、あと十数年したらお腹が出たり頭が薄くなったりするかもしれません。そうなったら僕は、気持ち悪いとか汚いとか言われるんです。もっと先のことを考えた方がいいですよ」
そういえば、私のお母さんも「お父さんも若い頃はかっこよかったのよー」なんて言っている。お父さんは最近生え際が気になりだしたみたいで、お腹もポッコリ。そして少しクサい。
だけど見た目が変わっちゃうのは当たり前。それが想像できないほど、私は幼くない。
「……先生、ハゲるんですか?」
「父方の祖父は頭頂部が薄いので遺伝するでしょうね。その頃、澤村さんは30代前半ですよ。今の僕と同じぐらいです。社会の中では若手です。まだまだ人生これからという年齢です。ハゲて小太りのオジサンと、手を繋いで歩けますか?」
「もし不健康なほど太っちゃったらダイエットすればいいし、髪は植毛とかカツラとかあるし。誰だって年をとるのに、そんなことでいちいち嫌になってたら一生独りぼっちだと思うんですけど」
私は先生の見た目を好きになったわけじゃない。だって別にイケメンってわけでもないし。ついでに言うと生真面目で冗談も言わなくて面白くもなくて、特に生徒から好かれているわけでもない。
だけど、先生にはたくさん良いところがあるんだから。
「……私は、先生の優しいところが大好きなんです。授業では淡々としてるけど、分からないところを訊きに行ったらすごく丁寧に教えてくれるし。あとテストの答案に、間違ったところのアドバイスを書き込んでくれてるでしょ。私だけじゃなくて、ひとりひとり全員に」
お世辞にも綺麗とは言えない走り書きで、ほんの一言だけ。でも、それだけでも大変なはず。
大嫌いな数学が大好きになったのは、1年の時から教科担任だった笠間先生がいてくれたから。どんなに体調が悪くても、先生の授業だけは受けたかったんだよ。
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