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フロントにたどり着くと、先程聞いた言葉の通りに明日香がソファに座り待っていた。
「来てくれて良かった。美咲から彼女のことを全部忘れてるって連絡があって、いつか話さなきゃと思ってたから……座って」
明日香はそう言って自分の左隣をトントンと軽く叩く。
私はそれに導かれ、吸い寄せられるようにそこへ腰掛けた。
「渡會未来についてはどのくらい知ってる? もしくは、覚えてる?」
責めるようでも威圧するようでもなく、いつもの穏やかな口調で明日香は言った。
私も落ち着きを取り戻し、知っていることをそのまま話す。
「えっと……記憶には全くなくて、卒アルの最後のページにメッセージが残ってたのを見て誰だろうって思ったの。それで卒アルを見て、名前と、そこに載ってた顔と、あと部活ごとの写真も見たから、美術部だったってことくらいしか」
「そっか……どこから話そうかな?」
明日香は言葉を選ぶようにゆっくり、ゆっくりと話し始めた。
「まず、渡會未来は入金当初、テニス部だったんだ。そして、友香と……ダブルスを組んでいた。
だけど……彼女は練習にもまともに顔を出さない、コミュニケーションが苦手だとか言って無断で欠席するし、そんなんだからいつまでも上達しない。それにいつも薄ら笑いを浮かべて、何を考えているか分からない。正直……ちょっと気味が悪くて、部活でもクラスでも浮いている存在だった。
だから、あたしは直接彼女にやる気がないなら部活を辞めるように言ったんだ。そしたら……彼女はあっさりテニス部を辞めて、美術部に転部した。それで友香は当時ペアがいなかった萌と組むことになったんだ。まぁ結果2人ともすごい頑張ってたし、いいコンビだったけどね。
予想外だったのはその後だった。彼女はダブルスを組んでいた友香に異常に執着するようになったんだ。何をするにも『友香、友香』って執拗に着いて回った。休み時間も、体育のペアもずっと友香にベッタリだった。友香は優しいから、彼女を友達の1人として接していた。
だから同じクラスだった美咲からしたら心配だったんだろうね。クラスで浮いてる子に執着されてる友香のことが。部活を辞めさせるべきじゃなかったって、怒られてしまってね。でもあたしはどの道こうなってたんじゃないかって、だったら部活の間だけでも彼女から離れられる環境があった方がいいんじゃないかって思ってた。喧嘩になったのは、それが原因。萌は原因まで知らなかったみたいだけど。本当は3人で友香が彼女に関する記憶をなくしているから、彼女関連の話は出さないようにって話し合ってたんだ。
もっと最悪だったのは教員たちだ。クラスで浮いている子がいるなんて問題になるから、見て見ぬふりをした。彼女と友香は仲のいい友達同士だって、勝手に決めつけたんだ。だから彼女と友香は、3年間同じクラスにさせられていた。遠足の班も、修学旅行の部屋割りも、バスの席順も、何かと口を出しては彼女と友香をくっつけていた。美咲やテニス部の子たちだけは反対してたみたいだけど、クラスの子たちは渡會未来のお世話係がいた方が都合が良かったんだろうね、誰も反対しなかったそうだよ。
そうやって3年間我慢ばかりさせられてきて、卒業式の日、多分友香の中で何かが切れてしまった。卒アルに書かれた彼女からのメッセージを見た瞬間、友香は泣きながら、彼女を突き飛ばしたらしい。『私はずっと、お前なんか大嫌いだったよ』って……」
そこまで話して、明日香は黙り込んでしまった。
「それで……そのあと、どうしたの?」
ここまで聞いてもう引き返すことはできない。
「友香の判断は、間違ってなかったと思う。浮いてる子のお世話係を3年間もやらされて、中学生活全部踏みじられて、怒るのは当然だよ。まだ中学生だったんだ。自分も、彼女も、どちらも守れる方法なんて見つけられるはずないよ……いや、あの状況で、そもそも2人を守れる方法なんて、ないよ」
明日香はまたひと呼吸おいて、震える声で続けた。
「……渡會未来は、自殺した。その日の夜に」
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