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1章
【旅】
背の小さな少年__アーテルはほんの少しだけ後悔していた。朝に欲望のままに残りわずかな食料を食べてしまったのだ。昼過ぎまでには見つけられるだろうと踏んでいたので今の手持ちは乾いたハムと少しの水、傷薬……は食料にはならないか。
アーテルは今のところ__唯一の人間である。アーテルが知る限り生き残った人間は身近には残っていなかった。付喪神が世の中に出現し始めたころ、人々は歓喜して付喪神の恐ろしさには気が付かなかったのだ。人々に感謝する物がいれば恨むもの__反逆者も少なからずいるものである。少数で非力ならば問題は小さいものであったのだが……そう簡単なものでは無かった。武力が問題であったのだ。身近な神と言っても神は神、人間という神秘な存在ながら、ちっぽけな力は神の前では無力に等しかったのだ。少数であった反逆者の勢力も短い期間で仲間、力を増していき、都心に行けば嫌でも顔を合わせた普通に見える人間から、頭のネジが数本外れた人間でさえ見境なくそこらに散らばる肉塊と骨になってしまっているのだ。
アーテルは幸運にも生き残ったのである、なぜ生き残れたのか?アーテル自身にも分からないが彼自身はラッキーだった!わはは!と笑っているのであった。そんな生き残った彼は夢のために人間を探している旅の最中である。彼は恵まれているのか、少しの戦闘能力と時々は飢える思いをしたが今の所、大きな命に直結するようなトラブルは起きていない。
現在十四歳、旅を始めて半年ほど経つがいまだに人間と出会っていない、この広い地球__まだ彼は日本を出ていないが__を歩いて移動しているのだから当たり前だろうか。
アーテルの出身は埼玉県戸田市なのだが、海外より移住した両親の元ぬくぬく育っていた。現在の所在地は戸田市から出発して、隣の都、東京都豊島__池袋駅__だったところに仮拠点を構えて人を探している。至る所隅々まで見ないと見逃してしまうかもしれないと一つの所にとどまる期間が長くなってしまう。都心だと上に高い建物が多いし、付喪神が襲ってくる頻度も高いからか探索も思いのほか進んでいない。それに今は人よりも食料が欲しい、スーパーの生ものや冷凍食品は野菜系は軒並み腐っていて、食べられそうな保存料も食品添加物もたっぷりなドーナツなどは付喪神に取られていることが多かった。元々物なのだから食べ物は必要ないんじゃないのか?と思うのだがやはり肉体を持つうえでは必要な行為なのだろう、人間とそこは変わりないのだ。アーテルは細々と今日の此の後を考える、普段は食事が見つからなければ諦めているのだがそろそろ移動しようと思っているので見つけられるなら見つけておきたいところだ。次ここに来られるのはいつか分からないので見逃していたら勿体ない。……と言っても希望は薄いが。
「うーいしょ~!おもてェ~!」
瓦礫を一生懸命どかして探してみる、無駄なカロリーを消費してしまっているように見えるが確かこの瓦礫付近に流行スイーツをとっかえひっかえしつつ生き残ってる店があった気がするのだ。ふと思い出したのは最後に甘いものを食べたのはいつだったか、というか食べた甘いものってなんだったっけ?と考えて「そうだ!カントカウントカケーキだった気がする!」なんてあやふやすぎる記憶からカントカウントカケーキを食べたところを探しに来たのである。ふわふわの、熱々なケーキだった気がするのだが小麦粉とかないだろうか。そんな薄い期待をしながら瓦礫を頑張って持ち上げる、小麦粉自体は見つかったが空気を白く染める役割をしており、アーテルの視界は遮られていく。
「ふ、う、ぶえっしょーい!えっしょーい!」
鼻腔を擽られたアーテルは大きなくしゃみを何度も放ち、鼻水をすすった。
「あー……食いモンなさそうだなあ、諦めて明日のために休むかなあ」
彼は見た目に反して意外と男らしくさばさばした性格のようである。身長は百四十前後、髪の毛は腰まで伸ばしており、ハーフアップで後ろをまとめている。右の前髪は掻きあげて左の前髪は無造作に伸ばしているからか左目に少し掛かっている。さらさらとした髪の毛の薄桃色は地球では珍しいだろう。
青とパープルピンクの目をした彼の服装は学校に行くときの制服のままだ。成長が来ると信じているぶかぶかな上着にズボン、黒くて青を基調とした制服は彼に似合わない。上着は半袖と長袖を組み合わせたような見た目をしており、ズボンはガーターをつけているがずり落ちそうにないほどきつく締められているウエスト。ベストを中に着こんでいるのだがザックリと着崩している。リボンとネクタイを選べるのだがアーテルはネクタイを結ぶのが嫌でリボンを選んでいる。制服は所々破れたり汚れているが正装の類なので人に会った時失礼じゃない気がしてずっと身に着けている。……ちゃんと適度に脱いで適度に洗ってはいるから匂わないはず、たぶん。
瓦礫を簡単にどかし終わったが、期待外れになった流行のスイーツ店を後にする。これ以上食べ物や人の期待は持てない。体力を温存しようと仮拠点に戻る、池袋駅の地下、銀だこがあった場所を寝床にしている。透明なガラスになっていて店内が程よく狭く、地下に降りる階段も近くて音が響く、付喪神が来てもわかりやすいのが良い。十四歳になってこんなことを考えつつ生活をすることになるとは彼自身思っていなかったのだが、それが世界の情勢である。短いながらも急な階段を降りていき、イケフクロウ横を通る。今や頭が切り崩された石像は、胸元の柄だけで判断するほかない。中に入り上着を適当に脱ぎ捨てる。制服は動きにくいので運動服に着替えて簡単に準備運動をする、明日移動するので移動するために必要な持ち物を整理する。小学六年生のころに買った小さなキャリーケースがいまだに役に立っている、キャリーケースは便利だ。コンパクトなのに荷物を運びやすいし、いざとなれば投げて相手を転ばすこともできる。……アーテルには上手くいった試しはないけれども……投げてぼこぼこになった使い古したキャリーケースに制服と持ってる傷薬、残りの食料、水……あと自分の手持ちの武器。アーテルは生身の人間で、不思議なことは何もできない。ただ生命という神秘なだけで非力な人間なのだ、彼は見つけた日本刀を持ち歩いている。最近の世の中は物騒なようで、法律があっても守らない人間が多くなっているようだ。……そういうのを生業としている人からの者だったのかもしれないが、ともかくありがたく頂戴したのだった。
身長に適せていない長さなので持ち歩くのは不便だし、使い方もよく分からないから本当は違う武器が欲しいのだが今の日本では難しいだろう。切れ味は悪くないのでこれで頑張るしかない。__付喪神と戦うとは、どういうことなのか?そう頭を最初は捻っていたことを日本刀を見て思い出す。日々流れるニュースでは付喪神が反逆してきたと騒いでいたり、どこに出現した。とか避難をしてくれ、という呼びかけのニュースばかりであった。実際に戦うことになった時にどうやって対応すればいいのか、ということを全く報道されていなかったのだ。アーテルは付喪神と初めて戦うことになったのは旅を始めて二か月ほど経った時の事だった。それまでは見つからないようにうまく逃げて来たり、人間に対して対して恨みを持っていない付喪神たちばかりだったので、なんとか手に入れた日本刀はアーテルの元で外の世界を知ることは無かったのである。
その日はひどく雨が降っている日であった。雨粒は大きく強く地面とアーテルを打ち付け、寝床も定まっていなかったアーテルの気持ちと身体を地面の土と一体化させようとしているかのようだった。誕生日である四月十日に買ってもらった新しいローファーは水をはじいてくれてはいるが上の口が短いので靴下に水がしみてあまり意味がない。夕時はいつもきれいな夕日が見える戸田駅を歩いていた。親が付喪神にやられてから二か月、放心して心ここにあらずだったのだが、気分転換に行き慣れている戸田市中央図書館に向かっているところだった。自分の住んでいたところからだと川口の駅隣接の図書館や下戸田の図書館の方が近いのだが、人の多さ的にはこちらの方がいい気がしたのだ。人が多いところには付喪神が現れる、なんて話も聞いたことがあったからなのだが、これが間違いであった。晴れていた空も出かけてから数分で曇り、あっという間に雨模様になってしまった。形態の充電も無く、付喪神が現れるかもしれない、とテレビを見ることに怯えていた為、天気予報を見ていなかったのだ。心が空のように黒く染まっていってしまっているが、戸田中央図書館につくと見慣れた様子で安心する。ここには付喪神は侵略してきていないようだったので、図書館で気分転換に漫画でも読もうと図書館入り口へ向かう。少し古く見えるがシンプルで良い建物だ、嬉しさに少し小走りになって入り口に向かう。__と左手にある広場から黒い影が現れたのであった。アー テルは背中に悪寒が走り、すぐに離れる。小柄なおかげで助かったのだが、雨天の中でも白く輝く、細くしなやかな剣は大きな雨粒を弾き飛ばしていったのであった。目の前に現れたのは自分より身長が高い__男性であった、薄紫の髪色に緩いリーゼント、後ろで結んでいる長い髪の毛、吊り上がった目尻にかっちりとしたガタイが強さを物語っている。頭の上からつま先まで白と金を基調にした服装はファンタジーのナイトを連想させるたたずまいであった。__そして人間と付喪神を見分ける唯一の黒い靄が剣先から零れている。付喪神はぬいぐるみなどにも宿るのだが、なぜか武器を使えるのだという。付喪神は謎が多いままなのである。__半年たった今でも謎が多い__そんな中出会った付喪神は敵意を剥き出しで剣先を向けてきた。軽やかに剣を振る付喪神から必死に逃げる。拾った日本刀は重たく、あのように美しい剣の使い手に対して不格好な振り方だと勝ち目が無いような気がしてしまい恐怖が打ち勝ってしまう。のんきな性格をしてると自負しているつもりだったが流石に戦えないだろう。そう思い図書館に入るのではなく、戸田駅の方へ向かう方へと走り出す。道は狭いがその分視界が悪くなるから逃げられるかもしれない。そう思っていたら付喪神から声をかけられる。
「逃げるのか、貴様はこの運命から逃れられないというのにッ!」
そう言われた言葉に足が止まった、なんだか分からないがその言葉には「逃げてはいけない」となぜか考えてしまったのである。その言葉に後ろを向いて付喪神の目をまっすぐに見つめる。戦い方なんて分からないけれどこの考えに反する方がダメな気がした。
「お前は……何か知っているのか?」
「さあな、それを話すには貴様との時間が短すぎる」
短すぎるとはどういうことなのだろう、そう思っていたら剣先を一気に振りかざして水滴を払った。
「ここで命を散らしてしまうからなッ!」
そう言って素早く付喪神が走ってくる、その姿は闘牛が赤い布に向かって一直線に向かってきている姿のようで恐ろしさが沸き上がった。しかし、ここで刀を抜かなければ本当に命が無くなってしまうのだと直感で感じた。不格好ながら刀を抜く、大好きな漫画の剣士を思い出して刀を持ってみる、振りかざし方は見様見真似だ。全力では無く、適度な力で突き出された付喪神の剣を受け止める。しなやかに見えた剣はぶつかると意外と固く、一撃が重たい。これは身体の関係もあるだろう、上から突かれるような体制は小柄なアーテルには厳しい。出来る限りの力で付喪神の攻撃を跳ね返して切りかかりに行く、足が滑りそうになりつつ一生懸命ローファーの底で地面を踏みしめて斜めに剣を振りかざした。何故か分からないが付喪神がアーテルの刀を見つめて動かなくなった……と思ったら素直に切られた。大口を叩いていた割にやけにあっさり攻撃させてくれたものだ、と思っていると襟元を捕まれ地面に叩きつけられた。地面は固く冷たいからか余計痛みがひどい。地面に押し付けられながら雨を受けつつ付喪神を見る、雨が目に入り付喪神の顔にぼかしが入る、どんな顔をしているのか分からない。
「貴様の事はよく分かった……ここで命を取る必要もないということもな」
そう言われると水場の所に投げ捨てられて付喪神はいなくなった。負けてしまったのだろうと理解できたが何故見逃されたのか?殺意を持っていたのではないのか?疑問は尽きなかった。しかし、攻撃をしたことで分かったこともあった、付喪神は血が出ないのだ。確かに切った感覚があり、手ごたえがあったのだ。でも服が破けたところは見れたが肌から血が出ている感じではなく、肌が欠けているように見えたのだった。
苦い記憶を思い出して頭を振る、嫌な記憶は両親の死以外いらないのだ。今はあの時よりは強くなったと……思いたい。そう考えたところで手が止まってしまっていた準備を再開する、キャリーケースの準備があらかた終わったのでのんびりとすることにする。……でも何もしていないのももったいない。最後に駅を全体的に見渡しておこうか。そう思いガラスから簡単に周りを見渡して付喪神がいないか確認をする。時間も夕暮れ時なので全体を回って帰ってきたらちょうどいいだろう。アーテルは深呼吸をして、外は大丈夫そうなので外へ出かけることにしたのだった。
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