妖し筆

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 その昔、思うように筆が進まないとひとりの物書きが言った。それを聞いた流れ者の行商がそれなら良い品物がありますよ、と差し出したのは一本の万年筆。 「これは異国の職人が創った万年筆でして銘を水鏡と申します、一度手にすればあなた様の心を読み取って正確に文字にしてくれますよ、最後の一本なのでお安くしますが……」  若干の胡散臭さはあったが騙されたと思って買ってみるかと、その物書きは水鏡を買うことに。手にして改めて見てみると、装飾が非常に美しい、これは触れ込みが嘘であっても飾って置くのに良いだろう。そしてその晩、早速使ってみることに、しかしそれが悲惨な結果に終わるとは、本人も思っていなかった筈だ、あの行商人以外は。 たしかにその万年筆「水鏡」は心のままに文字を書いていった、持ち主の思う物語を形にした。だが、それだけでは済まなかった。  原稿を書き上げても筆が止まらなかったのだ。 筆から手を離せない、筆が勝手に動いて机や、床から壁から書ける所へ進んでは文字を綴っていく。そこには持ち主の恐怖、もう止めてくれという絶叫さえも文字に変えて、文字通り持ち主の心が尽きるまで続いた。  翌朝、床に倒れている所を家族に発見された。脈はある、心臓も動いている、しかし……眼は空を見つめ、言葉も発せない、意思の疎通が出来ない状態だった。そして部屋の惨状を見た家族は廃人となった彼を屋敷で静養させることにした。  これが水鏡の犠牲者。  曰く付きの万年筆は行商の手に渡り、それをもて余した行商は、ちょうどいいカモを見つけ高値で物書きに売り払ったのだった。  そして件の万年筆は飾り物として人からひとへ渡っていった。  長い年月が過ぎ、それは意思を持つ。  そして―― 「お疲れ様です水鏡先生」  心を知り尽くしたそれは付喪神となりヒトの姿を得てベストセラー作家になっていた。
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