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 るみかさんと最初に会ったのは、性感ヘルスの待機室だった。  彼女は緑色のソファに腰をおろし、ビーカーに入ったプリンをスプーンですくっていた。ビーカーには、中折れ帽を被った男がプリントされていた。  ソファには、彼女の他に女の子が3人ほど腰掛けていた。女の子たちは客の悪口で盛り上がっていた。「差し入れのセンスが悪い」「キス顔が気持ち悪い」とか、ありきたりな話題だ。るみかさんは会話には加わらず、テーブルの上に広げたカタログを眺めていた。ソファと体がよくなじむのか、足を伸ばしている。脚は長くもなく短くもなく、よく日焼けしていた。  ヘルスは「氷のびしょ濡れ」という名前だった。シャロン・ストーン主演のあの映画を意識した屋号がくだらなかった。歌舞伎町さくら通りにある雑居ビルの9階に入っている。  おれは同じビルの6階に、アダルトビデオショップ兼パソコンショップを構えていた。「スリム・チャンス」という屋号で2年前にオープンしたばかりだ。おれがびしょ濡れを訪ねたのは、女の子にノートパソコンを渡すためだった。 「さゆみさん、修理は終わったよ。またなんかあったら言ってよ」  ソファに座る女の子のひとりにおれはそう伝えた。さゆみさんは金髪ショートで、髪を耳にかけている。右手に握られた携帯には、きつねの尾を模したストラップが付けられている。浜崎あゆみの支持率は、熟女ヘルスでも高い。  さゆみさんのふたつ隣の席に、るみかさんは座っていた。吊り上がった目尻に、かすかに反った鼻筋は人を近づけない雰囲気もあるが、おれの心を引きつけるものがあった。長い髪は、何度も茶色に染めてきたのだろう、少々傷んでいる。彼女は白のブラウスに、ブルーのベストとタイトスカートを合わせていた。歳は30代半ばといったところだろう。  おれの後ろに立っていたボーイが、るみかさんを紹介する。新人で勤務3日目。業界には10年ぶりの復帰だが、業界歴自体は長いと教えてくれた。  続いて、ボーイはおれのことを紹介する。「店長の旧い知り合い」「そういう縁もあって、うちで使うパソコンは、及川くんのお店で面倒を見てくれる」「パソコンで困っていることがあれば、彼を頼るとよい」――るみかさんは、重々しくうなずいた。お店の決まり事を聞くような表情で聞いている。 「いや、そんなに感心しないでよ。ただのご近所さんなんだから」  おれの訂正にも、彼女は顎が胸に埋もれるレベルで、うなずいている。真面目というか、お店に居場所を作れるか不安なのかもしれない。  おれは財布から店名入りの名刺を引っ張り出して渡した。るみかさんは名刺をつまむと、じっと眺めていた。おれは彼女の横顔を見ながら後悔した。薄いピンクの名刺ではなく、手が切れるような厳めしい名刺を作っておくべきだった、と。  2001年4月のそれがいつの日だったかは、もう忘れてしまった。るみかさんに出会った日、おれはずっとバーコードについて考えていた。彼女の左腕にバーコードのように並んでいた傷跡は、まぶたの裏を這い回り続けた。
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