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第1章 告別
「――その類稀なる才能は世の中にあまねく広がり、我が国はもちろんのこと海外でも高い評価を受け、単なる芸術の域に留まらず、ひとつの時代を作り上げたとも言うべき……」
愁いに満ちた調べが流れる中で、仰々しい言葉を散りばめた弔辞が陰々と続いていた。
祭壇には壁を埋め尽くすほどの花が飾られ、強い芳香をもったりと漂わせている。正面には花の中でさも不快げに顔をしかめた、つまり故人の生前そのままの巨大な遺影が、まるで人々を威圧するがごとくに据えられていた。
三船源太郎、享年71歳。
日本における西洋画の第一人者とされ、その大胆な色彩は国内外を問わずファンも多い。展覧会となれば多くの人が列を作り、ひとたびオークションにかかれば天井知らずの高値がつけられることも珍しくない。もともと寡作ゆえに、その一作一作の価値はより高まるのだ。
長い闘病の末の源太郎の訃報は、衝撃的なニュースとして美術界のみならず世界中を駆け巡った。葬儀は身内でひっそりと行われたが、後日「お別れの会」が開かれるとされた。それが今日だ。
「――以上をもって、お別れのご挨拶とさせていただきます」
長々とした弔辞がようやく終わり、居並んだ客が待ち望んだように深々と頭を下げる。
密やかな解放感が場に満ちたその時だった。
同じく黒の礼装に身を固めた壮年の男性が、喪主である三船の妻・佳澄に一礼すると、恭しくマイクを取った。
「皆さま、お疲れさまでございました。多くの方にご列席いただき、故人もさぞ喜んでいるかと存じます」
唐突な口上に、会場は一瞬静まり返った。
前に立つ男性は、端正だがいかにも切れ者といった風貌で客席を一瞥すると、落ち着いた様子で言葉を続けた。
「私は、故・三船源太郎氏の顧問弁護士である堤正人と申します。つきましてはこの場をお借りして、本日お集りの皆さまの前で故人の遺言状を公開したいと存じます。なお、これは故人の強い遺志によるものであります」
突然の登壇者の思いもかけない言葉に、弔問客たちはそこが告別の場であることも忘れて一斉に色めき立った。
「公開遺言状だとよ。やっぱり相当あるんだろうな」
「いや、三船のじいさんのことだ。かなり金遣いも荒かったみたいだから、存外大したことないかもしれないぜ」
「何にせよ、全部あの奧さんのものってことか。今度はそれ目当てに群がってくる奴がうようよ湧いてきそうだな……」
表向きはまわりを憚るようなひそひそ声だが、その内容はずいぶんと生々しい。
そんな声が聞こえているのかいないのか、祭壇前の遺族席にぽつりと座っている喪主の佳澄は、込み上げるものをこらえるように白いハンカチを口元にあてて、じっと俯いたままだった。
――何とでも言うがいいわ。このために私は、長い間あの男の傍らで耐えてきたのだから。
ハンカチの下に隠れた形のいい唇が、うっすら笑みを作っていたことを知るものは誰もいなかった。
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