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第3章 鑑定
一夜明けると、世間は三船家のお家事情についての喧しい詮索で溢れていた。SNSはもちろん、週刊誌がこぞって取材合戦を繰り広げる。
「謎の絵画――三船源太郎は、なぜ遺作に妻を描かなかったのか?」
「衝撃!『私がいない!』妻・佳澄さん(52)、悲痛な叫び」
「真の家族は誰か――天才画家・三船源太郎の隠された孤独」
下世話で無責任な見出しが誌面に踊る。佳澄は苛立ちをぶつけるように、それらの週刊誌をテーブルに叩きつけた。向かいに座る堤弁護士は相変わらず平然としている。
「堤さん、きちんと説明してちょうだい。どういうことなの」
「先日も説明したと思いますが……まず遺言状が正式なものであることは確かです。ですのでその効力は有効と言わざるを得ません」
泣こうが喚こうが針の先ほども崩れない堤の様子に、佳澄は苛々と指先でテーブルを小突いた。
「仮にそうだとしても、どうやって娘の美那子に相続させるっていうの? あの子は行方知れずのはずでしょう? ひ弱で長く療養していた挙句に音信不通になってしまったと、主人もひどく嘆いて……」
「それは表向きの話です。ご主人様は、陰できちんと美那子様の居場所を把握しておられました。確かに極秘ではありましたが、私が長年にわたりお二人の間の連絡係を務めておりました。したがって相続には何の問題もありません」
「そんな話聞いてないわ! 何で私には知らされてないの!?」
淀みない堤の答えに、ついに佳澄も常識の仮面をかなぐり捨てた。
「――失礼ながら佳澄様は、透也様と美那子様の実の母親ではいらっしゃらないので。三船様も『妻も含めて他言無用』と……」
佳澄が逆上すればするほど、相反するように堤の言葉の温度は下がる一方だ。佳澄は歯軋りする思いで瀕死の反撃を試みた。
「でも相続には遺留分があるはずよ。遺言状が正当であっても、私には遺留分を請求する権利があるわ! 妻への配分がこんな田舎の小さな家だけだなんて……!」
初めて堤がぴくりと眉を動かした。その表情は、まるで小生意気な子供を持て余す苦笑のようだ。
「仰るとおり、相続には遺留分があります。配偶者の法定相続割合は1/2ですから、佳澄様はその半分、つまり全体の1/4は請求できることになります。ただし……」
「何よ。あの娘が何か文句でも言ってるっていうの?」
「いえ、そうではありません。ただご主人様のご意向をよくお考えになった方がよろしいかと。あの遺された絵をご覧になって」
「だからあれは偽物だって言ってるでしょ! 遺言状の内容がどうであろうと、私が三船の妻であることは確かなのよ」
「存じております。ですがあの絵は間違いなく……」
堤の取り澄ました言葉を打ち砕くように、佳澄が激しい音を立てて立ち上がった。
「あんたの意見なんて聞いてないわ! とにかくあの絵をきちんと鑑定してちょうだい。あんなものを世の中に晒されて、私の立場はどうなると思うの! このまま世間の笑いものになるなんて許さないわ。いいわね、すべてはそれからよ!」
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