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第6章 父娘
「お母様に似ている、ですって。ふふ、よかったわね、お母様。でも私の眼は二重、お母様は日本人形のような綺麗な一重。あの人ぐらい頭の回転が速ければ、いい加減気がついてもよさそうなものだけど。もう長い付き合いなのに」
誰もいない部屋で美那子は色褪せた古い写真を見ながら、皺の寄ったシャツを羽織っただけの姿でくすくすと笑った。
小さい頃は不思議に思っていた。女の子は父親に似るというが、美那子は源太郎に似たところは少しもない。堤の言うとおり、母の雪乃には多少似ていなくもないが。
その謎は成人した折に明かされた。若くして亡くなった雪乃から預かった、と堤が渡してくれた一通の手紙によって。厳重に封緘されたその手紙の内容は、堤も知らないようだった。
かすかな記憶しかない母からの短い手紙と一枚の古い写真が、美那子の長年の疑問に答えてくれた。なぜか衝撃よりも、納得する気持ちの方が強かったことをよく覚えている。
美那子はもう一度その写真を手に取った。母親の雪乃と並んで、美那子と面差しのよく似た背の高い男が映っている。雪乃にぴたりと寄り添ったその男の眼は、くっきりとした見事な二重だった。
――知らなければ身を守ることもできない。でも誰にも知られてはいけない、と母は書き遺していた。美那子の口の端に思わず苦笑が浮かぶ。
この母の隣に映った男は、実の娘に与えられるものを何ひとつ持っていなかったのだ。この世に美那子を誕生させること以外には。
そう思うと何やらこの男が哀れでもあった。
「私が生涯三船源太郎の娘でいるために、お母様はあなたの存在を消した。誰も知らない……お父様も、継母も、あの堤でさえも……知っているのは今はもう私だけ……」
美那子はしばらくその写真を見ていたが、やがて抽斗の奧にしまうと、シャワーを浴びるために浴室へ消えていった。
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