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予想通り、美幸が立ち止まる。俺は彼女の横に歩み寄り、その顔をのぞき込んだ。
「あなたを消した理由、教えて?」
「あれはだから、ただの落書きで」
「落書き一つで、あんなに騒いだ?」
「柄でもないことをして恥ずかしかったの」
「ミユは落書きなんてしない」
断言した俺の前で、美幸の白い横顔がどんどん赤くなっていく。
「ミユ。教えて?」
やがて、注がれ続ける俺の視線に観念したのか、美幸はため息を一つ吐き出す。
「クウ、その顔はわざと?」
「ん?」
予想外の質問に目を丸くすると、美幸はボソッと何か――無自覚めとか顔面云々――を呟いた。そして、意を決したように俺を見る。
「あの一文、『あなた』を消して最後を読まないと、私の特別になるの。私の好きなものを何でも取っていくアキには、知られたくなくて。私だけの暗号」
「暗号?」
「クウ、私の名前知ってる?」
「そりゃ山野み、ゆき……」
山のあなたの空遠く
あなたを消して、最後を読まなければ。
脳裏でパチリとハマるのは、俺にとって実に都合の良いパズル。
「え、あのさ。それって」
言ってるそばから、頬が一気に熱くなる。
山のの空遠
山野の──美幸の空遠。
それが特別、好きなもの、ということは。
耳まで真っ赤にした美幸が、ぱっと身を翻す。
「ミユ」
「うるさい、もう帰る」
黒髪が、彼女の後頭部で猫じゃらしのように揺れる。それ目がけて、俺の心臓がメチャクチャに跳ね回る。
そのくせ心は晴れやかだ。きっと俺の一部は、あの欠けた文面に最初から何かを感じていたんだろう。
「ミユ、待てって。一緒に帰ろうぜ」
どうしてもニヤける顔を持て余しながら、俺は必死に彼女の背中を追いかけた。
─了─
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