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内緒話のような囁きに、無言でバッと晴翔の顔を見る。
今の反応は悪手だとすぐに気がついたけど、もう遅い。晴翔の口が、マンガの悪役の笑みになる。
「クウもお年頃か。見てたのは彼女のクチ――」
「そんなんじゃねえよ!」
思ったより大きな声が出た。晴翔が大げさにのけ反り、まわりも何事かとこっちを見る。
まずい、と思った俺が、何かを言うより早く。
「なあ。サッカーやめて次、体育館行かね?」
裏表のない笑顔の大弥が、晴翔に背後からのしかかる。気まずそうな晴翔の顔が、ぱっと輝いた。
「お、良いね」
「一輪車やろう。次の体育の練習」
「ヤマ、乗り方教えて」
「任せろヨウ。でも、バスケも良くね?」
晴翔も含めみんなが次々と大弥の案に乗り、場がワッと盛り上がる。
大弥は、いつも魔法のように場の空気を良くしてくれる。ほっとした俺は、大弥にだけ聞こえるように「サンキュ」と呟いて、サッカーボールを手に取った。
「じゃあ俺、水筒のついでに、教室にボール片づけてくる」
「先に体育館行ってるな」
「おう、荷物頼む」
見守りのおじさんに声をかけ、俺は校舎へと走り戻った。早くしないと、遊ぶ時間がなくなる。
階段を一段抜かしで駆け上がった先、教室の引き戸は開いていた。
けれど教室に駆け込む直前、俺の足は瞬間接着剤を踏んだみたいに、床から離れなくなった。
教室に、美幸がいる。
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