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美幸は鉛筆を持った右手で頬杖をつき、机の上に視線を注いでいた。
その顔にあるのは、幸せそうな微笑み。
美幸とは保育園からの付き合いだ。美幸だけじゃない、大弥に晴翔、学年の四分の一は同じ保育園出身だ。だから、みんなの性格や反応は大体分かっている。そのはずだった。
彼女のあんな顔、見たことない。
心臓がバクバクする。あの表情をこのまま見ていたいような、その微笑みのままこっちを向いてほしいような、もどかしい気持ちがわき上がる。
その時、力のゆるんだ腕からボールが落ちた。あっ、とのばした手が空を切り、ボールはトーンッと教室の中へと吸い込まれる。
音に驚いた美幸が、ガタッと立ち上がる。大きく見開いた目が、動けずにいる俺を見つめた。
ボールは俺と彼女との間をコロコロ進み、教員用机にぶつかって止まった。
気まずい沈黙。
俺は読み込みの悪い動画のように、手足をカクカク動かし教室に入った。
「ごめん、邪魔した」
「あ、ううん、違うの。大丈夫」
ボールを拾い上げつつ盗み見た美幸の顔は、なぜか真っ赤だ。
「俺、水筒取りに来て。ボールも片付けに」
「そう、なの」
本当の話なのに、口を突いて出た言葉はどこか言い訳じみた響きだった。
俺は油の足りないロボットの気分で、ボールを教員机横のロッカーにしまった。一方、静かに座り直した美幸は、右手をそろそろと机の上で移動させている。
「私は、アキと一緒に、算数の居残りで」
「そっか。アキは?」
「ピアノがあるから帰った。私も、もう帰る」
美幸がランドセルを机の上に置き、荷物を片付け始める――なぜか、左手だけで。
どう見ても怪しい。動かない右手の下に何かを隠している。そこから片付けないあたり、見た目には分からないけど、美幸も内心動揺しているようだ。
そういえば、生徒間での手紙交換が行き過ぎて、一部で「変な絵」が出回っている、と江藤先生が帰りの会で注意していた。
「変な絵? どうせエロ画像だろ」と、仲間内での会話でしれっと言ったのは、岳斗だった。
美幸も、そういう絵を見ていた?
そう考えた途端、彼女の手の下にあるものがものすごく気になった。
「ミユ。右手、どうした?」
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