放課後

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 俺の質問に、分かりやすく美幸(みゆき)の視線が泳ぐ。 「ど、どうもしないよ?」  ごまかすことに気を取られすぎたのか、片付け中の美幸の手元が狂う。ランドセルがひっくり返って落ち、慌ててそれを拾おうとした美幸は机にぶつかり、机の上の物をさらに床にばらまく。 「あっ!」 「大丈夫か」  とっさに彼女の席に行き、拾うのを手伝う。少し遠くに飛んだ文房具を探す美幸に対し、俺は机近くのものを拾った。  落ちていたのは、見慣れた国語の教科書やノートだ。  俺の思い過ごしか。どこかほっとしながら、開いたままの教科書を手にする。 「あれ?」  思わず声が出た。  開いていたのは、授業でやった詩のページ。  その上の、味気ない文字の行列の一部が、鉛筆で黒く塗りつぶされている。 「なあミユ。なんでココ消してんの?」  何気なく聞いた。  そこからは一瞬だった。  振り向いた美幸が、顔どころか耳や首まで赤くして、必死の形相で俺の手から教科書をひったくる。それを、手にしていた文房具と一緒に直接ランドセルに突っ込み、机の上の筆箱やノートも流し込むようにしまう。蓋の開いたままのランドセルを勢いよく右肩に背負い、左手で帽子をかぶり、タブレットと水筒を引っ掴む。 「ごめん、ありがとう。じゃあね」  帽子で表情を隠した美幸は半ば言い捨てて、嵐のように教室を出て行った。  残されたのは、呆気にとられた俺一人。 「……痛て」  教科書を取られたところで止まっていた右手の中指がジンジンする。見れば、教科書のページで切ったのだろう、少し血が出ていた。  傷口をなめると、いわゆる鉄の味がした。  ※ ※ ※  今日の国語の宿題は、授業で読んだ詩の感想だ。晩御飯をすませ、俺は自宅の勉強机に向かい、国語の教科書を開いた。  余白に書き込んだパラパラ漫画を動かしながら、ページを進める。  詩のページは、ピストルで撃たれた棒人間が派手に血を流すシーンで、コマの半分が黒く塗られていた。  美幸の教科書で黒く消されていた文字を眺める。 『あなた』  あなた――貴女(あなた)。美幸。(りん)とした横顔、黒髪、白い喉、歌うような声。真っ赤な頬、ぎこちない仕草、うろたえた視線、ひったくられる教科書。  先生の解説なんて一言も出てこないのに、今日の彼女の顔は頭の中で消えず、いくつも浮かんでくる。  結局、退出用プリントに書いた感想はたった一文。 「作者の名前がおかしみたいで、おいしそう。」
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