放課後

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 昼休み後の五限は、何でこんなに退屈なんだろう。それが国語の時間なら、なおさらだ。  俺は、江藤(えとう)先生が板書するのを狙って、窓に向かってあくびをした。  窓の外に広がるのは、山の緑とキレイな青空。今日は塾もない、絶好のサッカー日和だ。退屈なこの時間の後には、校庭で仲間との試合が待っている。  あーあ。授業早く終わらないかな。  黒板の方に向き直る。先生が板書した授業のテーマは「詩を味わおう」。  いつもより余白の多いページに浮かぶ、たった数十文字の何を味わえば良いんだろう。しかも、今回の作品は古い言葉が並んでいて、正直言ってサッパリわからない。  またあくびが出そうだ。  その時、黒板に背を向けた先生の目が、チラリとこっちを見た。  やばい──俺はあくびを飲み込み、教科書へ素早く目を落とす。江藤先生は優しく美人な女の人だけど、授業態度には厳しい。  けれど、先生からの注意は飛んでこなかった。 「では、何人かで音読しましょう。最初に美幸(みゆき)さん、お願いします」 「はい」  (りん)とした返事をして、左隣の席の美幸がスッと立ち上がる。  つられるように視線を向ければ、美幸は背筋をまっすぐ伸ばして立っていた。ポニーテールの髪の黒さが際立つ。キリッとした横顔は長いまつげをしっかり上げ、教科書ではなく正面の黒板を向いている。  軽く息を吸って、年のわりに落ち着いたトーンの声が、スラスラと詩を暗唱する。耳に馴染んで聞きやすい、歌うような響き。  ふと、美幸の喉に目がとまった。  白い肌が、淡く輝いている。  そう思った瞬間、俺は彼女から目を離せなくなった。  白い輝きは()せることなく、短い詩の音読はすぐに終わった。 「とても滑らかな暗唱でした。次は洋治(ようじ)さん、お願いします」  先生の短い講評に目元を緩め、美幸が静かに着席する。代わりに、彼女の後ろの席の洋治が、ガタガタ椅子を鳴らして立ち上がった。  その間ずっと、俺は彼女の方を向いたままで。  俺の視線に気づいた美幸が、目をくるんとさせて不思議そうにこっちを向いた。  視線がぶつかる。白い肌の上の黒い瞳が、きらりと光る。  稲妻に似たその光に弾かれ、俺は首を勢いよく黒板へと巡らせた。  先生の声も黒板の文字も全く頭に入ってこないまま、授業は終わった。
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