5.死なせたくない

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「殿下、今日もありがとうございます」 「『殿下』? 水臭いなあ。いつもジークって呼んでたじゃない」 「そ、そんな……恐れ多いです」 「でも僕達は婚約者だよ。仲良しな所を見せつけなくちゃね?」  ジークフリートは、そう言ってお茶目にウィンクをした。その破壊力と言ったらとてつもない。アマーリエはううっと心の中で呻いた。  ジークフリートは時間のない時にはただおしゃべりするだけで帰るが、そうでない時にはボードゲームを持ってきてアマーリエと遊ぶ。アマーリエの脚は骨折していなくとも、挫いてしまってしばらくの間、外出できず、家庭教師の授業以外にすることがなく退屈していたので、ジークフリートの訪問が待ち遠しかった。 「アマーリエ、今日はゲームじゃなくて別のお土産があるんだ」 「うれしい! 何ですか?」  ジークフリートが差し出したのは、少女向けの恋愛小説の新刊。本来のアマーリエが両親に隠れて恋愛小説好きだったことをジークフリートは覚えていた。少年には興味ないだろうに見繕って持ってきてくれた気持ちがアマーリエにはうれしかった。それ以来、ジークフリートはこっそり新しい恋愛小説を持ってきてくれるようになった。ジークフリートもちゃんと読んでいるようで、感想を話し合うのがアマーリエの楽しみになった。  今やアマーリエにとってジークフリートは歴史上の人物ではなく、目の前で生きている生身の人間だ。それも婚約者にこんなによくしてくれて誠実である。後世に伝えられたように、男女見境なく関係を持つように見えない。10年後に彼を襲うはずの運命を考えると、アマーリエは胸が痛くなり、どうにかしてその悲劇を防げないかと考えるようになった。
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