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23.証拠
ジークフリートが伯爵夫人からサンルームの蘊蓄を聞いていた頃、エミールは買収した伯爵家の使用人から入手したツヴァイフェル伯爵邸の見取り図を参考にして伯爵の執務室へ侵入を果たしていた。
部屋の鍵はかかっていたが、そのぐらいの開錠は容易い。彼はそういう手先の器用さや身のこなし方からは諜報員向きだったのだが、子供の頃に盗賊に襲われたトラウマを克服して戦うことができず、王家の諜報部隊から離脱してジークフリートに拾われた。
執務室の書棚にも机の引き出しにも目に見えた収穫はなかった。エミールは棚の本の背表紙を触って違和感がないか確認していく。
その時、階下のサンルームの方向から数人の声が聞こえた。ジークフリートが伯爵達をこれ以上足止めできなかったのかもしれない。
エミールは急いで残りの背表紙の感触を探っていく。ここには仕掛けはないかと思われた時、手がダミーの本に当たった。そのダミー本を引くと、ガコンと小さな音がして隣の数冊の本の背後に小さな空間ができた。
本を手前に取り出して中の空間を確認しようとしたその時、廊下から執務室に近づく複数の足音が聞こえた。エミールはダミー本を慌てて元に戻し、ひらりと窓から外へ出て窓のすぐ近くまで枝を伸ばす木の茂みの中に身を隠した。
そのすぐ後にツヴァイフェル伯爵と使用人のお仕着せを着た男の2人が、ガチャガチャと鍵を開けて執務室の中に入って来た。2人は部屋の中をキョロキョロと見まわし、部屋に異常がないか確認している。
「……様、殿下の護衛が1人見当たりません」
「伯爵、名前を呼ぶな。王太子のネズミが1匹いなくなっていたか。それでこの部屋が心配になって私を呼んだのか? どこか触られた痕跡はあるか?」
男が伯爵に話しかける様子は、主人に対して使う言葉遣いどころか、立場が逆転しているように伺える。伯爵は男の名前を呼んだが、声がくぐもっていた上に馴染みのない名前で窓の外からではエミールはうまく聞き取れなかった。
「あ、いえ……特に変わったところはないようです」
「じゃあ気のせいだ、厠にでも行っているんだろう。連絡は読んだら全て燃やしているだろうな?」
「もちろん」
「だったらビクビクすることはないだろう。アレは滅多に見つかる所には隠していない。それとも寝返る時のために何か証拠を取ってあるのか?」
「滅相もない!」
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