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26.王太子の新しい愛人候補
その晩、ジークフリートの姿は、アーデルグンデと共に王立劇場のボックス席にあった。王族でも婚約者でもないアーデルグンデを連れてロイヤルボックスを使えない為、ジークフリートは側近ルプレヒトを通して高位貴族が使うボックス席を確保した。本来なら、婚約者でもない女性と2人きりでの微行では、変装して目立たない場所でデートするものだが、ジークフリートはわざと変装せずに目立つボックス席を選んだ。
2人のいるボックス席に周囲から遠慮ない視線が突き刺さる。ボックス席の奥の壁際にルプレヒトがいるので実際には2人きりではないが、周囲の観客席から彼の姿は見えないので、他の観客は2人きりのデートだと思うだろう。
「殿下、こんなよい席で観劇できて感激です。でもよろしいのですか? 注目を集めているみたいです」
「構いませんよ。貴女のように美しい女性とお会いするのにコソコソしたくない」
「まぁ、殿下はお上手ですね」
ジークフリートがアーデルグンデの前に跪いて手にキスをした。周囲のボックス席から遠慮なく覗き込んでいる面々の中には、息を飲んだだけでなく、どよめいた者もいた。
ジークフリートは、それから何度もわざと目立つようにアーデルグンデとデートや夜会のエスコートをして社交界にジークフリートの新しい愛人の噂をわざと流させた。だがアーデルグンデも彼女の黒幕も動きださなかった。
痺れを切らしたジークフリートは、ある夜会でアーデルグンデをバルコニーに誘った。距離を取ることになるが、もちろんルプレヒトも一緒にバルコニーへ出て行く。
「アーデル、踊り疲れましたね。夜風に当たりませんか?」
「ジーク、喜んで」
その頃、既に2人は人前でも憚らずに愛称で呼び合う仲になっていた。ジークフリートがわざと愛称呼びを許可したのだ。それに伴って2人の話し方もくだけてきた。
ルプレヒトがバルコニーに通じるガラス扉を閉じた途端、バルコニーでは夜会の音楽が耳を凝らさないと聞こえなくなった。彼はガラス扉の前に留まり、ジークフリートとアーデルグンデはそのまま進んでバルコニーの手すりの間際から夜空と夜の庭園を眺めた。ガラス扉を通じて入る室内の明かりがその2人をほのかに照らしている。
ジークフリートが合図をすると、ルプレヒトが近づき、あらかじめウェイターから入手していたグラスをルプレヒトとアーデルグンデに渡した。
「私達の未来に乾杯!」
「……乾杯!」
アーデルグンデが乾杯に応えるまで一瞬間があった。
「ジーク……私達の未来を……私は望んでいいの?」
「光の当たる未来という意味ではナインだ。私の婚約者の家の影響力を考えると、婚約破棄は不味い。しかし、教会は一夫一妻しか許さない。君を日陰の身としてしか傍に置けないことを許してくれないか?」
「ジーク……」
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