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最上稲荷から南東にむかえば、今度は吉備津神社。
本殿は足利義満の造営で、日本唯一の比翼入母屋造という構造です。
吉備津神社といえば、とても長い回廊が有名で、全長398m、戦国時代につくられました。
その回廊の途中にあるのが御釜殿。
こちらでは、ほぼ毎日、特殊神事である鳴釜神事が行われています。
私がいったときも、ちょうど行われていました。
この御釜の下には、温羅という鬼の首があるとされています。
昔は、討ち取られてなお泣き続けたそうで、付近の村人を悩ませ、場所を変え、遂には釜の下に封じ込め、そこから13年かけてようやく鎮めたそう。
その後、その鬼が吉備津彦に語りかけ、吉兆占いを温羅の妻にさせるようになったのが、この御釜神事。
古来、吉備国の一宮(三国分割後は備中)とされただけあり、神社本殿は出雲や八坂にも匹敵する大きさ。
出雲に京の都と、朝廷の重要拠点と同じ規模の本殿があるとすれば、やはり当時の岡山は、重要な位置づけとされていたのでしょう。
吉備津神社から東へ少しいけば、吉備津彦神社。
備前一宮です。
先の吉備津神社と同じく、桃太郎伝説の大吉備津日子命をお祀りする神社で、こちらは屋敷跡にあるとされます。
そして、この神社で最も得意な点が、全国唯一とされる温羅神社があること。
さて、先にも記した温羅とは、実は百済の国の王子様。かつて、ここに住み着いた温羅は、周辺一帯を支配下におき、これを討伐したのが桃太郎伝説です。
つまり、桃太郎における鬼とは、海の外からの侵略者を示していたとされています。
いわゆる桃太郎では、退治された鬼がどうなったかは分かりませんが、おそらく討ち滅ぼされたとされるのが定説。しかし、温羅は桃太郎に敗れたあと改心し、桃太郎に付き従ったとされる説があり、その証左がこの吉備津彦神社の末社、温羅神社です。
ただ、定説に乗っ取った場合、討ち取られた温羅は、首を晒され、吉備津神社の御釜の下に埋められています。
歴史ある吉備津路、その史跡に沿うように走るローカル線は桃太郎線の愛称がつけられ、今後は路面電車化の話もあるそう。本数が増えれば、もっと便利にまわれるようになりそうです。
そして夜ご飯はお好み焼きです!
お好み焼きといえばお隣広島が有名ですが、ここ岡山は牡蠣をいれたカキオコが有名で、牡蠣の出汁が染みた独特の味わいが楽しめます。
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