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出発信号の腕木が下がり、ポイントが切り替わる。
機関士が左窓から指を差し、「出発、進行」とよく通る声で叫んだ。
「出発、進行ヨシ」
機関士に続いて助士が指を差して復唱し、持ち場に戻って石炭を焚べた。運転席には何がどうなっているのやら、沢山の計器類やレバーやハンドルがある。
若い機関士は当然、それらが何と何でどうなっているのかしっかり頭に入っている風で、迷う事なく順番に一つ一つ機械を操作し、加減を調整していく。
灼熱の釜の中が赫く輝き、要塞のような黒い鋼鉄の躯体に生命が宿ったーー内部の歯車という歯車、系統という系統、金属という金属が全てリズム良く噛み合い、組み合わさりながら巨大な車輪が大きく躍動し、力強く前進した。
小宮駅に勤めて一年半、客車の方に乗って使いに出された事は何度かあるが、機関車の運転席に乗るのはこれが初めてだ。その迫力と臨場感にクラは感動した。こんな重い鉄の塊が難なく速く動くのも改めて不思議に思った。
機関車は徐行運転を続け、自分と大して変わらなそうな歳なのに落ち着き払って複雑な機械類を操作し続ける運転手と、石炭を焚いたり前方を確認したりと息ぴったりの運転助士の仕事ぶりにクラは感心しっぱなしだ。
「小宮駅さん。俺は左から探すから、右の窓を見てくんない」
と助士から言われてハッとした。
「そうだ、敷島さんを探さなきゃ」
蒸気機関車の運転席は、円筒形の前方に釜と巨大なエンジンを備えている構造上、前方の死角が非常に多い。そしてそれを見越したかのようにーーあるいは開き直ったように、運転席の前にある窓は信じられないほど小さく、運転中の安全確認は助士の補助が欠かせない。
クラも助手を真似て右側の窓から身を乗り出した。
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