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電車が主流の私電では女性運転士も多く見られたが十代後半から二十代前半の若年層に頼らざるを得なかったのは同様である。彼らの頑張りは確かに健気ではあるが、多くの人命を預かり万一の時の判断も求められるが故に、従来ならベテランの指導の下で長年の実地経験を積むことが求められた業務を、長くて二年ほどの研修終了後すぐに任されていたのが実態である。
しかも運転するのは人も物も常に過積載気味、人手と物資不足で整備不良の車両なのである。
戦中から終戦後にかけて悲惨な鉄道事故が繰り返し起きているが、空襲を除く事故原因には設備不良やヒューマンエラーの他に運転技術の未熟さも挙げられている。
「はい、おはようさん」
敬礼を返した駅長に、機関士はやや緊張した面持ちで八王子駅長からの打合票と走り書きのメモを手渡した。
カンテラに打合票をかざすと駅名と運転士の名前に続き、件名欄には「第8851単機伝令者、下り第三列車指導者」と走り書きで書き込んである。
「んん?どういう事?君が下り第三列車の指導者になったの?」
駅長は怪訝そうに眉根を寄せた。
「下り第三列車」というのはこの日の下り線の始発列車である。
「いえ。8869号下り第三列車の指導者は小宮駅さんです。この後、間もなくこちらに到着します」
機関士ははきはきと答えた。
「ああそうなの。こんなやり方、聞いた事ないけどね。書き方もわかりづらいし」
確かに八王子駅長は経験豊富な主要ターミナル駅の駅長らしく柔軟性と応用力に富んでいるが、一人合点して事務手続きを端折ったりするような面があり時々首を傾げたくなる事がある。
あちらはあちらで都心を目指す中央線の客も抱え、あちこちダイヤも乱れてさらにてんやわんやなのだろう。
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