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多摩川橋梁は昭和初期建造の鉄道橋によく見られるガーター橋(桁橋)で、コンクリートやレンガ造りの橋脚の上にI字型の鉄骨梁を置きレールを敷いたシンプルな構造だ。レール分の幅はあるものの、手すりも何も付いていない。
床板も無いため、鉄橋の真下から上を見上げると走る列車の下側が見える。もっともこの時代の客車のトイレはレールに垂れ流しなので、いくら鉄道ファンでもわざわざそんな事をする物好きはいない。
煙や雨風が前方から容赦なく叩きつける中、薄暗い前方を必死に確認した。レールのすぐ下は荒れ狂う多摩川だ。万一足を踏み外しても、敷島の体格なら枕木の間をすり抜けて落ちる事は無いと思うが、例え晴天でも徒歩でこの橋を渡る事を考えただけで、サーカスの綱渡り並の度胸が要りそうだ。
どこにも人の姿を見つけられないまま橋を渡り終えた。もしや……と考えると酷く胸騒ぎがした。
「二百メートル前方に捜索人発見!」
助士が叫んだ。
「二百メートル前方に捜索人。停止する」
「停止ヨシ」
運転手に続いて助手が再度復唱した。
緩い左カーブが長く続いていて右側のクラには何も見えなかったが、直線路に入るとカンテラの小さな光を見つけることができた。
機関車は警笛を鳴らして長く軋むようなブレーキ音をさせながら、敷島の傍にぴたりと止まった。
無事に橋梁を渡り終わった敷島は、時ならぬレールの振動にいち早く気づいて線路傍で待ち構えていたようだ。敷島と機関士達は敬礼を交わした。
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