夏チャリ男子

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 夏期講習に竹宮くんがいるなんて、どうなってるんだ? 勉強なんかそっちのけでクラブなんじゃないの?   校庭でボールを蹴り飛ばすよりも、塾でノートに文字を転がすことを優先させたサッカー部のエースに、僕の目はへばりついて動かない。  エースはふり返り、一直線に僕を見た。僕が後ろにいるのを知っていたみたいに、まったくきょろきょろしないで一発で黒目を寄こす。グラウンドの隅を駆ける味方へと絶妙なパスをつなぐのはもっともだな、と妙に納得がいった。  日に焼けた肌と短く刈った髪が精悍で、二重の大きな目がカッチョいい。背だって高い。女子の注目だって高い。クラブでもクラスでも中心メンバーで、ランクをつけるなら一軍。竹宮くんはキラッキラにかがやいていて、まさにスター。名前まで完璧で「ヒカル」と明るさ抜群だ。  かたや僕。じみーな感じ。休み時間は教室の隅っこが定位置。クラブには入らないで塾通い。鏡を見るとつくづく思う。なんて弱そうなやつなんだろうって。なまっちろい顔に丸メガネ。カッコ悪いとわかっていてもやめられない坊っちゃん刈り。ひょろひょろの手足。指の先まで白いのが貧弱さを倍増している。いてもいなくてもおんなじで、三軍に入るのも無理。女子に注目なんてされたことない。自慢じゃないが、バレンタインデーのチョコの戦果はゼロの記録を更新中。て、ホントーに自慢にならないよね。  学校でなら竹宮くんは僕のことなんて無視だ。同じクラスにいても、吸ってる空気はきっと違う。自分の思った通りにいろんなことが進む自由な雰囲気にあふれている。そんな別世界の住人が口もとをゆがめた。ニヤッて。  うれしくて笑ったわけではなさそうだ。まずいところ見られたな、そんな言葉をはりつけた笑みだった。僕はあわてて会釈を返した。思いもしなかった竹宮くんの表情に、どうしていいかがわからなかったんだ。    暑い中、自転車をこいで帰る。夏の福岡の午後五時は蒸した空気がまとわりつき、夕涼みなんて言葉とは無縁の暑さだ。粘るような汗が額からじわじわと目じりめがけて垂れてくる。シャツもズボンもべったりとはりついて気持ち悪い。  気持ち悪いといえば竹宮くん。知らん顔をされたなら、なんにも悩まなかった。空気みたいな存在の僕にとっては、それが当たり前の反応だから。だのに、どうして僕の顔を見て笑ったんだろう。しかも、ものすごく意味ありげに。  同じ中学の人がものすごく少ないので、僕はあの塾が気に入っている。ママは難関高校向けの特訓クラスがあるから、あの塾を気に入っている。まだ中二で、高校受験に本腰を入れて取り組む時期ではないと僕は思ってる。でもママは必死だ。テストの結果に一喜一憂。この地区で大学進学実績ナンバーワンの梅丸高校、通称ウメタカになんとか僕をもぐりこませようと、中一のころから燃え盛っている。
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