夏チャリ男子

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 一学期の成績表を渡したとき、炎の勢いは過去最大へと成長した。テストの点数はまあまあなのに、評価が「3」止まりだったからだ。 「こんなのおかしい」と成績表が焦げてしまいそうな熱い息を鼻から噴出して、手がふるえていた。それがいつの間にか、先生に嫌われている僕が悪いって話にすり変わり、先生に目をつけられるきっかけを作ったのは自分だということをすっかり忘れ、僕に火の粉が降りかかる。 「テストの点の他に内申点も重要だから、大場先生に気に入られるようにしなさい」 「ええ、そんなの無理だよ」 「なに言ってんの。やる前からあきらめてちゃダメでしょ」  担任のオオババは僕を目の敵にしている。理由はとんでもなく理不尽だ。ママがオオババと対決したから。誰も大場(おおば)とは呼ばない。敵意と嫌味をこめて、オオババのあだ名が全校生徒に浸透している。えこひいきの露骨なおばちゃん教師。  家庭訪問のとき、高校進学を第一に考える親と、成績のふるわない生徒を中心にクラスの運営を考える教師が正面衝突した。  中年女性二人のトゲをふくんだ声が、たがいの主張を打ち消すために重なりあった。オオババが帰ったあと、ママは玄関に塩をまきながら鼻息も荒く、切れ目のない不満をぶちまけたものだ。 「あんな人と話をするために仕事を早退したなんて腹立たしい。時間変更不可とプリントに書いたくせに自分は四十分も遅刻して。それをひと言も謝らない。どれだけ自分勝手なのよ。許せない」  許せなかったのはオオババも同じだった。家庭訪問以来、オオババ考案の「教え合いタイム」に協力的でない悪い例として僕をやり玉にあげる。  それだけでは済まず、勉強はそこそこだが意欲が低く、思いやりのない人間。こんな人格否定の文言を通知表に書かれてしまう始末だ。その結果、通知表から「5」が消え、「3」が連打された。  ママって本当に勝手だよね。自分は思い切りケンカしたくせに、僕には上手くやれだなんて。  ここで僕もママにしっかりと反論すればいいんだろうけど、僕はママの言いなり人形。おなかの底では反発の炎がゆれている。だのに行動はまったく燃えてない。その象徴が坊っちゃん刈り。よい子に見えるように、マジメに見えるようにとママに指定された髪型だ。似合ってないし、カッコ悪いし、今どきありえないしでやめたい。でも、散髪屋のイスに座ると、「他の髪型にしてください」と僕の口からは出てこない。これってオオババの評価通りで意欲が低いの?  いっしょに暮らすおじいちゃんとおばあちゃんは、「学校のことはよくわからないから」と暴走教育ママのストッパーにはなってくれない。パパは僕が小さなころに病気で亡くなってしまったので、誰もママを止めることはできない。
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