夏チャリ男子

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 うつむいてハンドルの間に顔を埋めた竹宮は、真っ黒な山を一人で背負っているみたいだ。自責の念が山と同じくらい重いのか。竹宮は、ごめん、ごめんと何度も何度もくり返す。 「もうこの話は終わりだ」  僕の強い言いざまに、竹宮が足を止めた。前を照らすライトからもれる弱いあかりが、大きく開いた目の白い部分をわずかに光らせていた。 「て言った朝の竹宮はカッコよかったよね」  僕はにっこり笑う。顔の筋肉にありったけの力を注いで。竹宮のはりつめていた肩の線がゆるんだ。 「俺、そんなの言ったっけ?」 「僕が熱中症になったせいでお金がなくなった話」  ああー、と思い出したような、ごまかしているような。あいまいな声が夜の闇をぬって僕のもとにとどく。 「すぐに離婚しちゃいそうなの?」 「わかんない。俺の妄想だからな」 「竹宮がウメタカに合格したら、離婚しないかもよ」 「なんで俺の高校と親の離婚が関係あるんだ」 「だって、せっかくウメタカみたいなすごい高校に合格しても、引っ越しちゃったら転校でしょ。子供のこと考えたら離婚は我慢するんじゃない」 「そう言われるとそうかもな」 「ますます本気で勉強しなくちゃね」 「おまえ、やっぱり頭いいよな。俺、こんな解決策があるなんて夢にも思わなかったよ」 「それにしても、おなかすいたよね」  プッと竹宮が噴き出した。 「なんだよ、せっかくちょっと感動してたのに。でも、本当に腹へったな」  あいかわらず道は真っ暗だ。でも、アスファルトに跳ねたライトの光がぼんやりと、だけど切れることなく行く先を示してくれた。  僕たちは口をつぐんでひたすら足を前に運んだ。短いトンネルを二つくぐったところで、木々の切れ間からのぞく山の影が低くなだらかに変わった。  足が軽い。僕たちを後ろに引きずりこもうとした傾斜がゆるやかになっている。  乗ってペダルを踏むか、このままハンドルを押すか。迷って進むうちに視界がひらけた。右か左、あるいは両側にいつもそそり立っていた木がなくなっている。風にまじる稲の匂いに体の深いところから息がもれた。さささと葉のすれる音が涼しい。 「やったな」  ものすごくあいまいなセリフなのに、今の気持ちをあらわすのにぴったりだ。うん、やった。のぼりきったんだ。 「どうする。このまま一気に下るか?」  意気込みよりも、ためらいのにじんだ問いかけだった。 「危ないよ。あれだけの上り坂だったんだ。きっと下りもすごいと思う。道がよく見えない中を走るのは、やめとこうよ」 「となると、ここで夜をあかすか」
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